7 Wonders

サード・ワンダー(遥かな昔からナンホロを見つめた老巨木の知る真実とは)



 もはや、何を追いかけていけば目的に辿り着くのか、見失いかけていた。そもそもその目的が何なのかもいまいちはっきりしない始末だったし、仮にトワを元いた場所に返すと言うことを至上命題に据えてもすっきり片づかないことが多すぎる。
「つまり、あたしは何をどうしたらいいワケ?」
「ボクに聞かれても……」
「……。もう一回、そのペンダントを貸してっ」
 カナはペンダントトップをギュッと握って思い切りよく引っ張った。
「ちょっと、だから、首に鎖がめり込んで、その、もげちゃう、首が。もげちゃうって」
 トワの主張を無下にして、カナは無理やりにトワの首からペンダントを外す。そして、そのペンダントトップを開いた。例の何かがこれからの指針を示してくれるかもしれないと、淡い期待をかけたのだ。が、トワのペンダントは見事に期待を裏切ってくれた。
「……もう、アドバイスは聞けないんだね」
 カナはペンダントを閉じると、トワの首に改めてかけた。
 一体、どうしたらいいのだろう。素朴ではあるが、あまりに漠然としすぎていて手がかりにすら手が届いていない。セブンワンダーズ、七つの不思議のきっと、最初の一つ目はカナの目の前で丸くなっているトワなのだろう。そして、二つ目はどうやら、ツカサの言っていたガラスのピラミッドではなくて、トワが首から提げていたロケット型のペンダントらしい。でも、それ以上がわからない。
「ねぇ、やっぱり、今日もこんぴーたなの?」
「そうだよ。だから、そこでちょぉ〜っと待っててね」
 カナはコンピューターの画面に向かって、早速、トワを放ったらかしにした。もしかしたら、今日ツカサからの投書、書き込みがあるかもしれないとカナは期待していた。未だ、彼か彼女かわからないが、有象無象の情報の中にもしかしたら、手がかりなるかもしれない情報を寄せてくるのはツカサだけだった。
「……あった……」
「……? 何があったの? 食べ物? おいしいの? それ?」
「特においしくはないと思います」
「おいしくないの? おいしくないなら、いらない、ボク」
「おいしくなくても食べてもらいます」
 カナはコンピューターの画面から、一回も目を離すことなくトワと会話を交わす。
「セブンワンダーズ……の謎は解けそうかい……か……」
 カナはちょっと考えた。色々と情報をもらったカナとしては"謎が解けそうになってきました"とでも答えたいところだが、現状、ほとんど進展をしていない。それをそのまま報告したら、ツカサを落胆させてしまうかもしれなくて心苦しいのだが……。
「……やっぱり、ウソはいけないよね、ウソは」
 と言う結論に達した。そして、カナはキーボードに向かって文字をカタカタと打つ。
「ちっとも解けそうにありません……と」
「カナぁ」自分に背を向けるカナに対して、トワはそっと呼びかけた。
「情けない声を出して、どうしたの?」それでも、カナはずっとトワに背を向けていた。
「あのぉ、おなかがすいたんだけど、何か食べさせて……」
「あ。すっかり忘れてました。え〜と、ちょっと、待っててね」
 カナは立ち上がると、ドタドタと足音を立てて、階下に降りた。キッチンの冷蔵庫に昨日の残り物があったような気がする。カナはリビングを抜けて、すぐさま、キッチンに飛び込んでがさごそと冷蔵庫をあさった。
 けれど、めぼしいものはないようだ。
 カナは適当にお皿にあり合わせのものを無造作に乗っけると、階上へととって返す。トワのお食事探しなんて、のんびりとやっている気分ではない。それよりも何よりも、今はツカサとのやりとりの方が大事なのだ。
「はい、どーぞ」
 と言って、カナはお皿を差し出して、再び、コンピューターに向かった。
「……うぅ……、ひどい……」
 トワが嘆くお皿の上には昨日の残り物の焼き魚と白いご飯だけ。居候のトワとはいえ、あまりの手抜きかげんに苦情を言う気持ちなんか、どこかに吹き飛んでしまった。
「ナンホロ……。情報は定かではないが、セブンワンダーズに関わる何かがナンホロの周辺でだけの有名スポット付近にひっそりと存在しているという……」
 カナは画面に浮かび上がる緑色の文字を淡々と、つい口に出して読み上げる。何故、ツカサという人物がそんなことを知っているのか、とても不思議だ。けれど、深く詮索できるほどの技量も情報もカナにはなかった。
「あ〜、わたし、どうしたらいいんだろう」
 ポン。コンピューターが新しいメッセージが届いたことをカナに知らせた。
「……。これは……ツカサじゃないんだ。でも……。ナンホロと言えば、ユーレイの木だよね。昔から、お化けが出るとか、仙人が住んでいるとか、木の妖精が棲み着いているとか言われているから、もしかしたら、何かを手に入れられるかもしれないね……」
 カナはメッセージを見ながら、一人呟いた。
 信用すべきか否かそれが問題だ。そもそも、セブンワンダーズ自体がかなりナンセンスな要素を含んだ曖昧なことだけに、集まる情報を何を基準にして信じて、選べばいいのかさっぱりわからない。かといって、コンピューターの画面の前でじっと座っていても答えが天から舞い降りてくるわけでもなく、二進も三進もいかない。
 結局、自分で動いて、その上で真偽を判定するしかないようだ。
「……ナンホロかぁ。ここもまた、遠いなぁ。もっと近いところに何かないのかな?」
 カナは後ろにひっくり返りそうな勢いで伸び上がって、ぶつぶつと文句を言った。
「トワぁ? ちょっと、面白いところに行ってみようか?」
「面白いところって……。また、あのでっかいモーターサイクルで行くの?」
「そうだよ。だって、あれで行くのが一番速いんだから」
「やだ!」トワは間髪入れずに拒否をした。「だって、曲がらないし、止まらないし、カナの運転って死ぬほど怖いんだもの。……。でも、安全に、ゆっくり行くんだったら、考えてもいいよ」
「いいから、いらっしゃい!」
 カナはトワの首根っこを捕まえてそのままつるし上げ、そのまま、ガレージまで歩いていった。ナンホロにはカナが一人で行っても意味がない。セブンワンダーズの秘密を暴くために暴くためにはいつもトワが一緒でなければならない。
 ガレージに着けば、カナはこの間と同じようにモーターサイクルのサイドカーにぽんとおろすと、フルフェイスヘルメットを遠慮なしにかぶせた。そして、カナはモーターサイクルにまたがると、おもむろにエンジンキーを回す。ガレージに爆音が響いて。
「じゃあ、出かけましょうか!」
「……でも、カナ。そのぉ、今日も出口が開いていないような気がするんだけど……」
「あ……」カナは一言を漏らす。
 モーターサイクルを降りて、カナはシャッターを開くと無言で不機嫌そうに戻ってきた。まるで、この間とまるっきり同じ展開にさしものトワも青ざめた。ここから先もきっと同じになるに違いない。そうしたら、また、うしろに吹っ飛ばされるような怖くて、大変な思いをするのだ。それだけは勘弁だけど、主張するだけ無駄のような気さえする。
「……それじゃあ、出発します」
 カナはモーターサイクルにおもむろにまたがった。一見、余裕があるように見えるけれど、その実、そうでもないらしい。タルホに出かけて、帰ってきた頃にはだいぶん、モーターサイクルの運転を思い出していたようだけど、それからまた、少し間が空いて、折角思い出した運転の感触がキレーに吹っ飛んだらしい。
「え、え〜と」
 ギクシャク。そして、モーターサイクルはどっかんと吹っ飛んでいった。
「ほらぁ、やっぱりだぁぁ。カナのウソつきぃ!」
 ナンホロへ向かうのにはタルホをいくのとは周囲の状況が打って変わる。ナエホの町から外れるともはや何もない。住宅街もなく、森でもなく、田園地帯でもなく、ただの草原がどこまでも際限なく続いていく。
「カナぁ、この辺って面白いものないのぉ? ほら、タルホにいく途中にあった大きな水たまりとか? ほらほら、水だらけの――道とか?」
「……ありません」きっぱり。
「つまんない」トワもきっぱり。
 けれど、本当にツカサの記名のない書き込みをあてにして動いてダイジョウブだったのだろうか。そんな何となく、実際はツカサさえあてにならないはずなのに、漠然とした不安にカナは襲われていた。でも、恐らく、どんな信頼性の高い情報があったとしても、事の真偽を自分でしっかりと確かめない限り、こんな不安に心を埋め尽くされてしまうのかもしれないとカナは思った。
 と、トワの元気そうな声がカナの耳に飛び込んできた。
「ねえ! あそこでくるくる回ってる大きなおかしなのは何?」
「……風車……」カナは消え入るような声で呟く。
「え〜? 何〜?」聞こえなくて、トワは大きな声で問い返す。
「風車って言うの!
「風車って何〜?」さらにトワはカナに問う。
「あそこでくるくる回って、電気を作ってるの」カナはトワがひどく不思議そうな表情で自分を眺めていることを察知して言葉をつないだ。「え〜と、トワの嫌いなコンピューターを動かしたり、外が真っ暗になったら、周りを明るくしたりするんだよ」
「……? ふ〜ん?」
 トワはいまいち、よく理解できなかったらしい。けれど、カナはそれ以上、説明しなかった。一生懸命に説明しても、意味が通じなくてただ疲れるだけになりそうだ。その風車の群れを越えていくと、再び何もない。反対側から走ってくるオートモービルの姿もなければ、カナたちのモーターサイクルに追いすがってくるものも何もない。
 退屈と言えば退屈で、平穏と言えば平穏な道のりだった。
 ただ……。ただ、進めば進むほどに周囲の空気が悪くなっていくのがトワにもわかった。一言で言えば、おどろおどろしい。この先に進んではいけないと感じさせるような焦燥感を背中に感じさせる何かがこのあたりにはある。
「カナぁ。何か、背中のあたりが何て言うか、こう、寒いんだけど」
 その感覚はちょうどカナも共有していた。目的の場所に近づけば近づくほど奇妙な感覚がカナを包み込んでいく。もともとそう言うところだとは話にだけは聞いたことはあったが、本当にここまで"何か"を感じさせるとは思ってもいなかった。
「あんまり、いい感じはしないね」
「いい感じはしないねって、そんな気軽な感じじゃないんだけど。霧も出てきたし、薄気味悪いし。……。ね、今度のところは諦めて、帰ろうよ」
「いけません」カナはきっぱりと言いはなった。
 いかにも何かがでそうな雰囲気なのだ。何もでないかもしれないけれど、不穏な空気を醸し出しつつも、何かを得られそうなこの時を捨てて、怖いからと言う安直な理由でうちに帰るなんてことは出来ない。
「それとも、トワは意気地なしなのかな?」
「ボ、ボクは意気地なしじゃない! こ、怖くたって、怖くなんかないぞ」
 微笑ましい。カナは思わず微笑んで、トワの頭をなで回したい衝動に駆られた。
 そんなほのぼのとした感覚を味わう一方で、周囲は不気味さに包まれていた。ちょっとだけ会話が途絶えた短い沈黙でさえ、永久に続くのではないかと思えるほどの恐怖を心に植え付けていくのだ。
「カ、カナ。黙り込まないで、何か喋ってよ」
「ん〜?」
 トワの声は小さすぎて風切り音に負けて、カナには届かなかったようだ。
「だから、カナってば黙ってないでよぉ」トワはヘルメットの下から声を出す。
 が、カナには全く届いていない。むしろ、真剣な眼差しを正面に向けていた。霧が深まり、視界がとても悪い。モーターサイクルのヘッドライトをつけてみても、ほとんど目と鼻の先が見えるくらい。むしろ、霧に光が乱反射して目が疲れる。さらに自分のモーターサイクルが一体どこを走っているのか、向こう側から対向のオートモービルなんかが急に現れないかなどなど、全く、気が休まる暇がない。
「……。もうそろそろ、見えてくると思うんだけどなぁ……」
 カナはぽつんと独り言を言った。
「え〜、何ぃ? 風がうるさくて聞こえないよぉ」
 その声もまた、風にかき消されてカナには届かなかった。
 けれど、もう、淋しくも怖いこともなかった。目的地がそこはかとなく見えてきた。乳白色の霧の向こうにうっすらと微かに見える。
「トワ、あれだよ」
「え〜? 何がどれなのぉ?」
 と、間の抜けた返事をしたあとで、気がついた。モーターサイクルの向かう方向にとても大きな何かが見える。まだ、霧の向こうでうすらぼんやりとしかか見えないものの、あれはとても大きな木、しかも、枯れてしまっているようだった。
「うわ、凄い大きいよ、あれ。――でも、枯れてるみたい」
「この辺じゃ、幽霊の木って有名みたいなんだ」
「ユーレイの木?」トワはキョトとした表情でカナに問い返した。
「そう、ユーレイの木。つまり、お・ば・けっ!」
「お化け! お化け、嫌い。怖い! どっか行って!」
 トワはヘルメットを引っ被って、その中で小さく丸くなった。
「そのお化けに会いに行くんだから、どっか行っては無理なご相談、諦めてね」
「いやだ! ボク、絶対にユーレイの木のところになんか行かない!」
「行かないと言っても、もう目の前なんだけど……?」
「じゃ、ボク、ここから動かない。カナだけ、行って」
 そんなトワとのやり取りの中でカナは幾つか気がついたことがあった。トワは全ての概念を知らないワケではないと言うこと。ユーレイも知っているのに、コンピューターやガラスを知らなかったり。元々がオオカミだし、ただ単に語彙が少ないだけなのかもしれないが、そのこと自体が何かのヒントになるような気がしていた。
「わたしだけ行っても意味がないでしょ。トワも一緒」
「いやです。カナだけ行っちゃってください」
「それはいけません」
 カナはサイドカーに張り付いて動こうとしなトワを無理矢理に引きはがして、じたばたどたばた落ち着かないトワを抱っこしたまま巨木に近づいた。
「トワ……。何か、感じる……?」
「何も……わからない」
 そう答える時、トワはいつも切なそうにしていた。自分で知っていることが一つでもあったら、きっと、カナをこんなに困らせることはなかっただろう。それに、自分で自分の居場所を見つけられたのに違いない。
「でも、この木はきっと、ボクの知らない遠い昔からここにあるんだよ」
 トワはユーレイの木を下から見上げて呟いた。
「だから、もしかしたら、キミのことも知ってるんじゃないかなと思ったんだけど。それに……、フォーラムの情報にナンホロのユーレイの木があったから、来てみたんだけどなぁ。――ガセってワケではないだろうけど、これじゃあ、ガセネタと一緒よね」
 カナはすっかり諦めモードに突入だ。
「はぁああ。もお、どうしたらいいんだろう」
 最近、そればっかりだとカナは思った。
 自分自身でイニシアティブをとれないもどかしさでいっぱいだった。ツカサを筆頭にして、フォーラムに書き込まれた情報を頼りにするのだから、どうしようもないのだが。
「……。でも、この木は何かを知ってる……みたい……」
 不意にあたりの空気が変わったのをトワは感じた。けれど、カナはこれから先をどうしたらいいのかで散々悩んでいるらしくて、そこのことに全く気がついていないようだ。
「ボクを呼んでるのは……誰……?」
 トワは期せずに、後ずさりをした。何故かわからないけれど、怖い。ユーレイの木が怖いのでも、ユーレイが怖いのでもないけれど、とにかく怖いのだ。そして、それなのに、ユーレイの木から視線をそらすことが出来なかった。
「カナ、ボクのことを呼んだ?」
「ううん、呼んでないけど、どうかしたの?」
 キィイィィイイィン。奇妙に甲高く耳障りな金属音が聞こえた。
「何、この音……」カナは不安に駆られて、周囲をきょときょとと見渡す。
 けれど、何もない。人影も、何かが近づいてきた様子も全くない。ただ、不快なその音は何かと何かが共鳴、共振して発せられる音だと言うことだけは何とはなしにわかった。そして、カナが耐えきれず両手で耳をふさぐ一方で、トワは威嚇のうなりを上げていた。
「エバ! いやだ、ボクは絶対にお前の言いなりになんかならないぞ」
 トワが怒りを露わにして何かに叫んでいる。
 その何かとは何か。カナは瞬時には判断がつかなかった。それはどこかふわふわしているようで、浮世離れしているようで、けれど、カナはそれに微かな見覚えがあった。
「……エバ……」カナは思わず呟いていた。
「おまえが待っているのはあの白い猫だ。ボクはホントは知ってるんだ。――他は何も知らないけど、おまえはボクじゃなくて、あの白い猫を待っているんだ。それは絶対の絶対なんだから」
「本当にそう思っているのなら、とても残念です」
「ウソだ、おまえはそんなことはかけらも思っていないくせに!」
 トワは吠えたてた。トワはこれだけは知っていた。エバはトワのことを好いているのでも大切に思っているのでもない。いつも、その傍らにいた白い猫が大切なのだ。絶対に間違いない。トワには確信があった。エバは白い猫しか見ていない。
「いやだ! ボクは絶対に帰らないんだ」
 エバと言う人物は結局、何ものなのだろうか。カナは思う。普段は大人しいトワがあれだけ嫌悪感を露にして、嫌うヒトとは。そして、トワとエバの関係もとても気になる。
「――キミとエバは――」
「思い出すのも話すのもイヤなんだよぉ!」
 トワに思い出す過去があったとは初めて知った。いつも、知らないだとか、わからないだとか、そんな曖昧な答えしか返ってこなかったのだから。
「キミは今までウソをついていたんだね……」カナは一際淋しそうにひっそりと言った。
「あ……。ボクはウソなんてついてない……」
 後悔先に立たず。トワはしょぼんとうつむいて、小さな声で言い訳をした。
「そう……。別にわたしは気にしていないから。でも、本当のことを言って欲しかったな。……ほら、トワ、帰るから。モーターサイクルのところに……」
「はい……」トワはうなだれたまま、カナに従った。
 意図していなかったとはいえカナを裏切ってしまったようないたたまれない気持ちにトワはとらわれた。出来ることなら、カナの後ろにくっついていかずにこのままどこかに消えてしまいたい。いや、本当はそうすることも出来た。カナと一緒にいた数日を全部投げ捨てて、あの日のように時計台の下で誰かが拾ってくれるのを。
「トワ……」
「はい?」そこでトワのとりとめもない思考は中断された。
「どこまで歩いていくつもり。わたしのモーターサイクルはこっち」
 カナは立ち止まっていて、全く抑揚のない不機嫌な声色でトワに指摘した。怖い。カナが物静かに抑揚なく喋る時はかなり怒っているのは疑いようもない。トワは怖々と通り過ぎた先から戻ってきて、所在なさげにサイドカーに飛び乗った。
「……じゃ、帰るよ……」
「はい……」しょんぼりと答える。「あのぉ……」もごもご。
「何?」強い口調で、カナはトワを突き刺した。
「あの。ごめんなさい」
「うん……」
 短いやりとりで二人は仲直り出来たようだ。そして、カナはモーターサイクルのエンジンをおもむろに点火した。しかし、平静さを装うも、モーターサイクルの初動だけはいまいち、自身がない。その他の運転動作はまさに天下一品の自負はある。
「行くよ、トワ!」かけ声は勇ましい。
 キョキョキョキョ。あまりに急にアクセルを全開にしたためにモーターサイクルの後輪が激しく空転し、前輪が浮き上がる。カナはペダルの上で立ち上がり、全体重を前に押し付けて、モーターサイクルの姿勢を立て直した。
「ひー。こんな急な加速、耐えられないよぉー」
「文句は言わない」
「いやぁ! 死ぬ。死んじゃう」
「このくらいじゃ、死にません」
「ひぃ! 許してぇ〜」トワは悲鳴を上げて、ヘルメットの下に潜り込んだ。
「ちょっと、しっかり掴まってないとケガをするよ?」
「そんなの無茶苦茶だぁ」
 再び、トワの悲鳴だけをうしろに残して、モーターサイクルは走っていく。
 そして、いつものように、トワとカナはカナの部屋にいた。カナはコンピューターの前に座って、トワはお気に入りになった座布団の上で丸くなっていた。
「ナンホロのユーレイの木に行ってみました。と」
 カナはキーボードを打ち鳴らして、フォーラムに書き込みをした。と言って、この時間にのんきにフォーラムを覗いている人はそんなにいないだろう。カナお目当てのツカサもこの時間はきっとお仕事中なのに違いない。
「あ〜っ。う〜。もぉ、どうしたらいいんだろう」
 カナは思わず頭を抱えて、そのままかきむしった。結局、二カ所を回ってみて、セブンワンダーズのとっかかりを掴めるどころか、深まっていくばかり。探そうとするだけ無駄なのか、フォーラムに寄せられたどこの馬の骨ともわからない人たちからの書き込みはやはり、全くあてにしてはいけないのだろうか。
「ツカサ……。ツカサさんは……」
 カナはツカサの過去の書き込みを探り出した。もしかしたら、カナが見落としたことがあるかもしれない。いや、むしろ、あって欲しいと願った。けど、何もない。何もあるはずがなかった。セブンワンダーズのフォーラムで二、三行の会話を数回かわしただけなのだから。

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