fairyfiery

<11> 共同戦線、兄弟の絆


 

 レイトグリフは三階の廊下を走っていた。一度は二階に出たものの、あまりにもひどすぎて移動できる状況ではなかった。レイトグリフはリーブスの呆れ顔も気にも留めずにもときた階段を上って、三階からウィリアムを捜すことにした。
(もう、向こうの方には回ってるかもしれない)
 焦りにも似た感覚がレイトグリフを包み込んでいた。フィントが一緒だったとはいえ、やはりウィリアムを自分の傍から離すべきではなかった。一人でいるよりは多人数でいたほうが安全なのだ。
 パラパラと時々、思い出したように崩れ落ちてくる天井。ゴーッと地鳴りのような烈火の哮りが否応無しにレイトグリフの耳の奥でこだまする。二階は灼熱のサウナ。モタモタしていると三階の床もろとも緋色の海に叩き込まれてしまうかもしれない。
 消防士になって初めて現場に踏み込んだときのような微かなはやりをレイトグリフは感じた。
「くそ!」
 幾つもの防火シャッターが行く手を阻む。フツウは火の回りを遅くして、避難の時間稼ぎをするものだが、こうなってはレイトグリフには邪魔なだけ。ただでさえ、いらいらしているのに更に追い撃ちをかけられて感情は暴発寸前だ。レイトグリフはお目当ての階段へのシャッターを見つけるとそっと開いて、中二階、中三階の踊り場を見やるが、そこにウィリアムの姿はなかった。
(……当てが外れたか。それとも、二階か四階か)思案する。
 この予想が外れたら、もうウィリアムを捜す余裕はなくなってしまう。そう勘が告げていた。
(――二階……。そこ全域が火の中としたら、あとは上か……)
 レイトグリフは決断した。迷っている時間こそが一番惜しい。決まれば、早速、レイトグリフは階下に降りる。そして、二階のシャッターの前にウィリアムの姿を見つけた。
(いた!)そう思うが早いか、レイトグリフはウィリアムにまっしぐら。
「ウィル! こんなトコで何やってるんだ。急がないとお前が助けられるはめになるぞ」
「……兄貴、もう助けられてるよ」
 自分の前に姿を現したレイトグリフに妙に冷静に突っ込みをいれていた。
「ム……?」思わぬ反撃に言葉に詰まる。「いや……、そう言うことが言いたいんじゃなくて」
「ハイハイ。それより、どうして来たんだ。『構ってる暇はない』って言ったくせに……」
 素直になれない。いつだって、そんな些細なことからいざこざは始まった。でも、今は。冷静に心を落ち着かせて、くだらない言い争いはやめにしよう。
「仕方がないだろ。やっぱり、火事場の素人を放って置けない」キョロキョロした。「フィントは?」
「ブレーズが来たって言って、上に上がった。会わなかった?」
「いいや、行き違いになったんだろ? それにブレーズか……炎の妖精……あいつだな」
 瞬間考えるも、すぐにピンと来た。外で見た妖精だ。
「あいつ?」心当たりでもあるのかと問う。
「ファイリーフェアリー……。ミーナを……フリージング、凍結の妖精を追ってきたのかもな」
「ちょっと待て。ミーナが妖精だってどうして判った? ベルは気が付いてない」
「判るサ、それくらい。フィントとの付き合いも長いし、妖精の雰囲気も大体判る――」
「……」帰ってこなかった理由など問うに見透かされているとウィリアムは思った。「あ……兄さん――オレ……」心の奥にしまわれた言葉は簡単には出てきてくれない。
「……何も言うな」察して、素っ気無く。「お喋りはこのくらいにしておいて、行くぞ、ウィル」
 レイトグリフはニヤリと意味あり気な笑みを浮かべてウィリアムの肩にポンと右手を乗せた。
「来い! ウィリアム。もう、時間はない。急ぐぞ!」
 先頭に立ってレイトグリフは階段を駆け上がる。
「どっちだ?」
 左前方にあるシャッターと右手にあるシャッターを瞬間、見比べた。と、僅かな思考時間の間にウィリアムが右側シャッターの避難用の小さな扉を開けようとしていた。
「バカ野郎、無造作に扉を開けるな」と言いつつ、無造作に扉を開けたのは誰だったかと思う。
 そんなセリフを吐いたものの、既に遅く、ウィリアムは扉を開けていた。
「え?」ウィリアムにはレイトグリフの言いたい趣旨が判らない。
 扉の陰にヒュッと炎が呑まれたのが見えたような気がしたのだ。
「バックドラフトだ!」
 と、怒鳴ったもののその後には炎の“ほ”の字もみえない。代わりにパシャッパシャッと中の方で水が蒔かれる微かな音が漏れていた。レイトグリフはひょっと向こう側を覗き見る。
「……? いや、ただの熱水放射だな。ここだけ故障しなかったのか?」
 レイトグリフはクールに現状分析をした。けれど、訝しげな表情は拭えない。
「……ともかく」ちょっとだけ気まずくなった。「そっちは水蒸気で蒸してるから危険だ。左奥の……。コラ、ちょっと待て! 考えるよりも先に行動するな。死ぬぞそのうち」
「開けないよ。今度は。兄貴が開けてくれ」
 ホッと胸をなで下ろした。そう何度も余計な緊張を強いられるのは精神衛生上よろしくない。レイトグリフは小走りにウィリアムの前に出た。レイトグリフは優しく扉を押した。
(何もあるなよ)心の中で願う。
「……オッケーだ、ウィル。付いてきてくれ」
「りょーかい」
 そうでなければ困るという思いも少なからずあった。ここで足止めを食ったら間に合わない。レイトグリフの心の片隅にはそんなネガティブな気持ちが支配的になっていた。らしくない。額から流れる汗を拭って、歩みを進める。
「――」ウィリアムはレイトグリフに背をじっと熱い眼差しを送っていた。
「……どうかしたのか、ウィリアム。目線が痛い」
「いや、何、別に……。ただ! ちょっと。いや、やめとくよ」
「じゅうご年前のことか?」
 別段、深い言葉ではなかった。ウィリアムの瞳は焦点を結ばなくなり、ピクリと身を震わせた。
「やっぱりそうか……」レイトグリフは振り向かず、ウィリアムのピンと張った雰囲気を感じた。
「なあ、兄貴。十五年前あの日うちで何があった……?」俯く。
「聞けば辛くなる。だから……何も言うな、何も聞くな」
「でも……」
「『でも』か……。ここまで関わりを持ったのなら知っててもいいのかもナ」
 恐らく、この廊下の突き当たりの右か左にいるのだろう。呑気に立ち話の時間も、じっくり一から十まで事細かくコメントする暇もない。レイトグリフは手短に言った。
「ブレーズは父さんに懐いてたファイリーフェアリーだった。あの日までは……ネ。父さんとブレー
ズとの間で何かあったのサ」レイトグリフの瞳が瞬間、泳いだ。「ミーナの事でね……」
「でも、オレがミーナと初めて会ったのは……」勢い付けてまくし立てる。
「二年くらい前だよな。最初は気が付かなかったが……。でも、それはオレがフィントと二度目に会ったときと同じ……。今じゃ、ベルのいいお客様だけどね」
「今、『二度目』って言ったよな」聞き咎める。
「言ったヨ。あの日にオレたちは全員と会ってるんだ。ミーナにも、フィントにも、ブレーズにも。覚えてないだけで。ただネ、あの日以降の、十二、三年か? の空白の意味は判らない」
「妖精と関わりを持ちすぎた?」フと思い出してウィリアムはレイトグリフの背中に言った。
「フィントが言ったのか?」長い沈黙があった。それをウィリアムの肯定の合図と受け取る。
「だったら、あいつは嘘をついている。――ウィルを傷付けたくないだけなのかもしれないけどね」
「……」
 ウィリアムは複雑な顔をして押し黙った。ミーナを連れた二年の旅と、十五年前の炎、そして、たった今の病院火災。全ては無関係なのか、そうでないのか。ウィリアムの中で始めはちょっとした疑いが加速度を得て大きな疑惑へと成長する。
「兄貴!」叫んだ。すると、レイトグリフはにべもなくウィリアムの“問い”を無視した。
「この話はやめにしよう。もう、そこにベルたちがいるはずだ」
 話せば止まらなくなるような衝動を振り払って、レイトグリフは会話を打ち切った。