02. he meets karano(からのとの出会い)
アーネストは第二、第三、それ以上の数の扉を素通りし廊下の続く限り歩き続けた。どこまでもどこまでも。外から見た時はこんなに広い屋敷だとは思わなかったのだが、予想以上に広い。と思っても、酔ってボケボケの頭ではそれ以上の思考は回らない。
「お……。ここは……?」
“入室禁止”の札のかかる扉に気持ちを惹かれ、アーネストは立ち止まった。入るなと言われると入りたくなる性分だし、何かステキなものが隠されているような気がするなのだ。扉の鍵穴からは光が漏れてきている。ガチャ。アーネストは躊躇わずに扉を開けた。
「お〜、こんな片田舎に、こ〜んなに本が。信じられないな」
何気なく、部屋を覗いてみると壁一面、部屋いっぱいに所狭しと置かれている本棚には本がぎっちりと隙間なく収められていた。そんじょそこらでは見たことのないような蔵書量だ。あの魔術師は相当な読書家、アンド研究家なのに違いない。
「全部売り払ったら、食費の足しになるか……」
ぐるりを見回すとアーネストはひょいと視線を降ろした。床には十数冊の本が散らばっている。そのまま視線を部屋の奥へ奥へと這わせていくと、本から目を上げた瞳とこんばんはをしてしまった。誰? 服装を見るからに召使いさんの一人であることは疑いようはない。
「でんでんむしむしー、召使いさん♪」変な風に声をかけてしまった。
「申し訳有りません! すぐに片づけますから」
とまで言って、言うべき言葉はそうじゃないことに気がついた。ここは入室禁止の部屋なのだ。
「いえ、その、この部屋はお客さまの入室はお断りしておりますので、大変申し訳ありませんが、お引き取りください。お客さまのお部屋はこの部屋を出て左手になります」
召使いさんは散らばった本をまとめて隅に寄せると、立ち上がった。
「あー、やっぱり、召使いさんだなあ……」
アーネストは召使いさんの言葉なんて全く聞かずに、マジマジと召使いさんを見詰めていた。ほっそりした肩と出るところは出ているスタイルがいい感じ。酔っぱらいの頭で余裕を持って考えられることは所詮こんなもんだと自己正当化しつつ、アーネストは召使いさんの肩にポンと手を乗せた。
「気に入ったぞ。かわいいっ! キミを俺の専属にしてもらう! 決定、絶対に」
とズビシと決めて大声を上げたら胃の底から込み上げてくるものがあった。む。口の中が苦くなってきた……。もう、我慢できない。一番、格好をつけたい場面なのにサイテーだ。
「うっ……」吐いた。
「お、お客さま、大丈夫ですか!?」
召使いさんは大慌てで、床にげーげーとやっているアーネストに近づいてきた。
「おーけー、おーけー。まだ序の口さ! まだまだ吐けるぞ!」
哀しいかなそれが現実。さっきよりも少しだけ楽なったが、まだまだ込み上げてきそうな気配がある。胃をひっくり返して全部出しきってしまわないと落ち着かないのに違いない。
「あ、歩けますか?」心配そうな声色だ。
「と……、当然さ!」
アーネストはおりゃとばかりに立ち上がったけれど、強がってみるだけ無駄そうだ。もう、第二陣が喉元まで来てる。アーネストの膝がカクンと折れて床についた。その様子を“予告”と受け取った召使いさんは右往左往。吐いたものを受け止めるのに入れ物が欲しいが、そんなものはこの本ばかりの部屋には見当たらない。こうなったら、最後の手段。召使いさんはエプロンの両端を摘んでアーネストの前に広げた。後で床の絨毯を掃除するのと、エプロンを洗濯するののどちらかが良いかの二者択一の結果だ。
「こ、ここに吐いて下さい」
アーネストは召使いさんが言い終わる前にそこに吐いた。吐き出されたものは煙を上げ、後にどろりとした液体を残して霧のように消え去った。……一体何を食わされたんだ? やはり、見たことのない珍品は食ってはいけないものだったらしい。
「大丈夫ですか?」
「みずー」
アーネストはそのままごろり。完全にノックダウンされてしまった。今日の怪物相手に剣が折れた時以来の大ピンチかもしれない。とにかく気持ち悪いのだ。胃の中のものはすっきり全部吐いてしまったはずなのにまだまだ吐けそうな気がしてくる始末。
「はい、ちょっと待っててくださいね」
(召使いさん、召使いさん、召使いさん……)
エプロンを汚されてしまった召使いさんは部屋を出て行って、ちょっとの間をおいて再び、召使いさんが戻ってきた。手には綺麗な水が入ったコップを持っていて、そっとアーネストに手渡した。アーネストはそれをもぎ取るように受け取ると、ゴキュゴキュと飲み干した。
「ぷはー。いやー、ごめんごめん。つい調子に乗って飲み過ぎてしまってね」
「御心配は無用です。わたしたちはその為にいるのですから」
さっきと声が違うような。ついでに、目が霞んできたのかさっきとは随分顔が変わったような気がしてきた。アーネストは召使いさんに顔をズイと寄せて、よく見てみると別の召使いさんだった。しかも、さっきの召使いさんではないけれど、どこかで会ったことがあるような気がする。
「……」訝しげな顔をして召し使いさんの顔を覗いた。「あっ! メイド長さん?」
と言うポジションがあったとしたら、きっとそうなのだろう。
「立てますか?」
「……、多分、立てると思うけど……?」
アーネストは掛け声をかけて、どうにかこうにかふらつきながら立ち上がった。そして、足下がおぼつかなくて倒れそうになりながら召使いさんに寄りかかった。立つには立てたけど、既に自力でお部屋への帰還は望めそうにもない。アーネストは召使いさんの横顔をニヘラ〜とした顔をして眺めた。照れ隠し。すると、召使いさんはそれと察したのかそのまま肩を貸してくれた。
「ありがと〜。召使いさんっ♪」
アーネストは連れられていく。召使いさんは元来た方向に進んでいくので、どうやら、来た時にアーネストにあてがわれた部屋は既に通り越えてしまっていたらしい。ず〜っと進んでいくと、アーネストが見つけた第一扉から四つ目の扉を召し使いさんが開いた。ベッドの横の小さなテーブルの足下にアーネストの荷物がゴロンゴロンと格好悪く転がっていた。
「では、ごゆっくりとお休みください」
召使いさんはペコリとお辞儀をすると、一歩下がってその場で待機した。アーネストはまだ何か用事があるのかなと思って、その召使いさんをジロジロと眺め回してしまった。
「主人から貴方さまに仕えるように命を受けています。遠慮なさらず望むままにご命令下さい」
だから、待機してたんだ。アーネストは納得。“戻っていいよ”と言うまで戻れないに違いない。そこでアーネストは“戻っていいよ”と言う前に早速、質問をぶつけた。
「あー、さっきの娘は?」
「着替えに行きました」
「いや、そうじゃなくて。どうせくれるなら、あの娘をくれ」
「わたしがお気に召さないなら他の召使いをよこしますが……。あの娘には問題があります」
「へ? どんな?」ちょっと気になる。
「普通の仕事も満足にこなせない娘ですから――」
本当のことは言っていない。召使いさんが一瞬、目を伏せた。率直に言うのなら、不自然に視線がそれたりはしない。さっき吐きまくったお陰で、頭脳明晰。少しは酔いは醒めたらしい。だから、これは気の迷いではないのだよと、アーネストは召使いさんの困惑した瞳をじぃっと見詰めた。
「ふーん。でも、別にいいよ。大してやってもらうこともないし。それで、あの娘の名は?」
召使いさんはアーネストの要求に困ったように微笑んだ。果てさて、名を言ったものかどうしたものか。アーネストは目がマジだったし、ヴェイロンからは“できれば”彼女にはアーネストを近づけないようにと密かに言付かっていた。しかし、それはあくまで“できれば”なのであって、もはや“できなかった”のだから、ここは開き直ってしまえとの勢いか、召使いさんは言った。
「――“からの”です。」
「“からの”ねぇ。――ああ、“枯野”なのか。うん、多少のことは気にしないから、主人に話してあの娘を俺にくれ。何つーか、とにかく、気に入ったの。他の娘は却下!」
断固とした口調でアーネストは言った。
「――承知しました」
召使いさんは諦めて両手を身体の正面で合わせて、ペコリとお辞儀をした。
「あ、キミが悪い訳じゃないよ。その……、ちと俺には美人すぎるのだ」
ちょっと悪いことをしたかしらと思ったけれど、そこは持ち前の物忘れ良さで速攻で記憶から削除した。折角、召使いさんをつけてくれるなら、好みの娘がいいのに決まってる。
「有り難うございます」
召使いさんは再び、深々とお辞儀をするとアーネストを置いて部屋を出て行った。
「じゃ、おやすみー」
アーネストはトテトテとたどたどしい足取りでベッドまで辿りつくと、そのまま突っ伏した。眠い。大怪物を伸して、飯食って、それでいてまだエルフの平原を彷徨い歩いてから一日も経っていないなんて不思議な感じ。時の流れが異様にゆったりとしているか。それとも、時間感覚がすっかり麻痺してしまったみたいに。
やがて、意識が遠退いてきた。アーネストは枕をしっかと抱いて深い眠りについた。
*
朝。窓の向こうから小鳥の囀りが聞こえる。カーテン越しにも日の軽さが感じられて、ちょうどいい具合に温かい。アーネストはブランケットをぐいと引き寄せてその中に潜り込んだ。折角、久しぶりにベッドでの眠りにありつけたのだ。まだまだ、惰眠をむさぼらなければもったいない。
しゃっとカーテンを開ける音がして、朝の陽射しが顔を踏んだ。温かく、すがすがしい。
「う〜ん……?」アーネストは目をごしごしと擦った。
「おはようございます。お身体の方はいかがでしょうか?」
ブランケットの布越しにひどくくぐもった聞いたことのあるような声が届いた。
「……? もう、朝ぁ?」
「はい。お食事の用意が調っておりますので、食堂までお越しください」
アーネストはブランケットの端を捲って、片目をうっすらと開いた。ぼやけた視界に見えたのは昨日の本がいっぱいある部屋にいた女の子。からのだ。あのメイド長さんが主人に話を通して、からのを自分につけてくれたのに間違いない。頭がじょじょに回転し始めて、アーネストは埃が巻き上がるのも構わず、ブランケットを放り投げて上半身を起こした。
「――おはよう。すっかり復活だ。――あ……、昨日は制服を汚して済まなかった……ね」
「いえ……。お気遣いの必要はありません。あのようなことも仕事のうちですから」
「でも、迷惑をかけたらいけないだろう?」
「それは……人様に迷惑をかけてはいけないのは基本ですが……」からのはハッとして口をつぐんだ。お客さまに説教をしようとするなんて。「こ、細かいことはお気になさらずにいて下さい……。ここではアーネストさまはお客さま。わたしは召使いです。……それ以上でも、それ以下でも」
何とも不可解にからのは淡々と言ってのけた。瞳がとても淋しい。アーネストも幾たびもそんな淋しげな瞳……肉親を失った少女……を見てきたが、それの比ではない。まだ、知り合ったばかりでからののことは何も知らないというのに、瞳に吸い込まれそうだった。
きっと、からのの意にそぐわないままに召使いをやらされているのに違いない。だから、切ない瞳をしてるのだ。同情はいけない。けれど、からのの瞳はどうしようもないほどに訴えていた。
イヤ、ひょっとすると、からのはアーネストの邪念、下心を感じ取ったのかもしれない。
(召使いか……。……俺は客、からのは召使いさん……?)
からのそう言うのはがここにいるのはアーネストがヴェイロンから召使いとして譲り受けた結果である事を示しているのに違いない。確かに、あの時、召使いさんを通じてヴェイロンにからのを“くれ”と言ったような気がする。これでは第一印象といい、その後といいまさに最悪。
「うあああ!」アーネストは思わず頭を抱えて、 喚いた。
「アーネストさま!?」 唐突のことにからのは裏返った悲鳴を上げた。
「あ、何でもない、何でもないって! その……少しお酒が残っているので酔い醒ましの儀式をね。俺の育った故郷で古くからある呪術なんだよ」
そんなことはあり得ないと考えつつ、口から出任せを言った。
「あ、そうなのですか――」
からのはほっと顔を和ませた。ダマサレテル ……。しかも本気で。取りあえず、からのに落ち着きを取り戻してもらったのは良かったが、これはこれで問題のような気がしないでもない。昨日の召使いさんが言っていた“問題”とは意外とこんなコトなのかもしれない。
アーネストは頭を左右に激しく振ると。ベッドから立ち上がった。寝癖でボシャボシャの頭を掻いて、おもむろに着替え始めた。着替えはからのが持っていた。
「――アーネストさまの故郷は何処ですか?」
不意にからのが問う。アーネストは汚名返上、名誉挽回。ついでに、何かステキなことを話す切っ掛けにでもなればと思ってからのの問い掛けに答えることにした。
「二の二倍の川を越えて、そのまた三の三倍の谷を越えて、四の四倍の山を越えた大きな砂漠の向こうにある小さな小さな平野だよ」
「そこに住む人たちはどんな生活をしてますか?」
アーネストは服を脱ぐ。からのはその服を受け取って新しい服を渡す。その間だけではからのの疑問の噴出は止まらない。ウズウズした様子で、アーネストの回答を待っていた。
「続きは朝飯を食いながらでも話すよ。腹減った」
「あ……」
からのは口に手を押し当てて、慌てたように頭を下げた。
「申し訳有りません! お食事の準備は出来ていますので、すぐに食堂へ……」
「判った。――ところで、ヴェイロンも一緒なのかい?」
「いいえ。主人は研究があるのでご一緒できないと……。その代わりにこの地方では手に入れられない珍しいものを用意するので、それでご容赦のほどをと……」
ヴェイロンにも色々あるだろうから、顔を出さないのは構わないのだが、あのやけに広い食堂で一人で、黙々と飯を食うと思うと落ち着かなくていけない。ついでに、召使いさんたちが控えていて、その視線が全部、自分に注がれているような気分がして居心地が悪そうな気がしてきた。
「そっか。そうしたら、お食事を運んできてもらえる? 広い食堂、広い食卓に一人きりってのも淋しいから持ってきて、君と一緒にここで食べよう」
ついでに、ヴェイロンが目の前にいては怪しげな珍品を食すのを断るのも気が引ける。昨日の経験からいけば、珍品を食べるとろくなことにならないような予感がする。
「――どうしても、ダメなのかい?」
からのは何事かを言いかけたけれど、
「いいえ、そのようなことはありません。――かしこまりました」
とだけ言って、食事をとりに部屋を出て行った。
「……何を言おうとしたのかな……?」
アーネストは腕を組んで首を捻りながら窓の外を見た。朝の陽射しが清々しい。ベッドに寝たのも数ヶ月ぶりだし、まともな朝食にありつくのもそれと同じくらい久しぶりだ。アーネストは期待に胸を膨らませて、からのが戻ってくるのを待った。
間もなく、からのは食器を乗せたトレイを手にして戻ってきた。うまそう。からのはそれを小さなテーブルにのせた。次の瞬間、アーネストは食事に手を伸ばし、ぺろりと平らげた。“一緒に食べよう”と爽やかに抜かしておいて、僅か数分間の早業だ。からのもその様子を目を見張っていた。早食いの名人でもここまで早く、おまけに綺麗に平らげたのを見たのは初めてのことだった。
「さてと、これでゆっくり、キミと話していられるだろ?」
「ありがとうございます」からのは嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃ、からのの事も少し教えてくれよ。俺のことばかりじゃ、不公平だろ?」
「わたしのこと……」からのは少しの間、躊躇った。
自分のことを話したら、アーネストは自分のことを理解してくれるだろうか。からのはアーネストの顔色をチラチラと窺いながら、考えをまとめようとしてるかのようだった。
「話したくないなら、無理はしなくてもいいさ。ただ、俺はキミに興味がわいたんだ」
「わたしに……?」
「そう、キミに」アーネストは畳みかけるように言った。「だから、キミを知りたい」
と、アーネストが言えば、からのは頬を赤く染め上げた。これまで、外から客人が来るたびに話を聞いてみたものの、からのの個人的事情を聞かれたことはなかった。聞かれたくないようであり、聞かれて嬉しいような気がしないでもない。
「――それで、どこから話してくれる?」
満更でもない様子のからのを見て、アーネストは促した。
すると、からのはポツリポツリと喋り出した。幼少のころから洗いざらい。止めどなく溢れる泉の如く、からのは喋る。知り合って間もない自分にここまで話してくれるとは思っていなくて、流石のアーネストも驚いた。
「か、からの?」アーネストは少しばかり動揺したように声をかけた。
「ああぁ、申し訳ありませんっ」からのは慌てたように頭を下げた。「わ、わたしのことばかりを話してしまって……。ア、アーネストさまは……?」
「いや、別にキミのことをたくさん聞けて、嬉しかったよ……、けど……」
聞いたところを総括すると、からのは幼少のころ、ヴェイロンに引き取られてからずっとこの屋敷から出たことがないのだという。ずっとずっと。本を読むこと以外にすることは特にない。召使いさんが色々な雑用をこなしてくれるから。外へ出なくても用事は済んだし、出してもらえることもなかった。だから、外の世界は憧れであり、外から人が来るたびに色々なことを聞いてきた。そこで知る外界の出来事がからのと外の世界、或いは屋敷と外のほとんど一つの接点だった。
「――キミも苦労してるんだね?」
「本さえあれば、大丈夫です。――アーネストさまは何故、剣士になったのですか?」
早速、からのの質問攻めが始まった。これが延々と一日つづくのは確かに客を招いたホストとしては甚だ都合が悪いかもしれない。けれど、根掘り葉掘り色んな事を聞かれても、それに対していちいち反応して喜怒哀楽を返してくれるから、十分楽しませてもらってるとアーネストは思う。
「何故だろうね……」
アーネストは昔のことを思い出して、噛みしめるかのように言った。からのはフッと天井を向いたアーネストを興味津々とばかりに見詰めていた。どうして剣士になろうと思ったのか。からのの素朴な疑問だった。話そうか話すまいか、アーネストはしばし考えた。いつもは適当にお茶を濁して答えないようにしているのだが、今日はからのがすぐ傍で興味津々と瞳をキラキラさせながら、アーネストを見入っている。アーネストはポリポリと頭を掻いて困ったようなため息をついた。
からのも生い立ちを話してくれたのだし、完全に無視することは出来ない。
「――昔の英雄に各地の化け物を退治する人がいて、困っている人を助けている人がいたんだ。かなり強かったらしくてね、ずっとずっと負けたことはなかったようだよ。時には悪党と戦ったりもして、弱きを助け強きを挫くとか言って、方々を回って飯にありついていたらしい。まぁ、格好のいいことを言ってるけど、時々は女の子を目当てにしてる、結局はただの賞金稼ぎだったんだけど、その生き様が妙に好きでね。自分に素直でいいでしょ?」
“自分に素直でいいでしょ”と言われても答えようがない。からのは窮余の一策と、微妙に噛み合わない返答と合わせて問い掛けて、器用に話を逸らした。
「その方に憧れてですか……?」
「――ま、そんなようなもんだ。けど、その英雄はとても人間味に溢れていてね。自分の欲望にかなり忠実だったらしくて、色んなことをやってたらしいよ。もちろん、人間として恥ずべきことはしていなくて、まともだったそうだよ。でも、俺の場合は飯にありつけるだけでも万々歳かなぁ。欲をかいて他に手出しをしてもいいんだけど、かかってる賞金か、それに見合う程度の何かがもらえればそれでいいよ。怪物退治の対価としてはお安いものでしょ?」
アーネストはニコッと微笑んでからのを見詰めた。
「……。正直ですね」
「うん、正直は美徳だね。でも、それだけだったらきっと俺はその英雄に憧れなかったと思うんだ」
「何故……ですか?」からのはキョトとして小首を傾げ、アーネストを見た。
「うん――? その人は最後は女を守って死んだ。何でも、盗賊の大集団に襲われて、たった一人で戦った。大切な人だったんだ。自分よりも先にその人には死んで欲しくなかったんだろうね」
「でも、守られた方は良い迷惑です」
「そういうものかい?」
「そうだと思います」からのはきっぱりと言い放った。「だって、助けられても愛する人はいない……。それなら、いっそのこと二人とも……」
からののびっくり発言にアーネストは幾分の困惑を隠しきれなかった。
「でも、その女だけは命を賭けても守らなければならなかったんだろうな。二人一緒に死ぬことはないって。女が生き残ってくれたら、その人の生き方は後の伝わるでしょう? その英雄は大盗賊のヘッドの首を相打ちで取った時、こう言ったらしいよ。『俺の生き方を伝えてくれ』と」
「女の子目当てに人助けをしていたことを……ですか?」
「いや、そっちの方じゃなくてね。人助けをしながら、世渡りをしていたって事の方さ。大切なことのためなら命を賭けられるって事の方さ。一貫した生き方は格好いいなあ。俺もそれで『俺の力を必要とする者の為に力を出す』と“ゲッシュ”を立てたよ」
「“ゲッシュ”?」キョトとして、からのは尋ねてきた。
「“誓い”さ。愛するものには、大切なものには全てを分け与えられる……」
アーネストは過去に何かがあったような含みを持たせてるかのようにしんみりとしていた。
文:篠原くれん 挿絵:晴嵐改 タイトルイラスト:ぽに犬
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