12の精霊核

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01. i'm waiting for you(待ってる、キミを)

 吹き荒れる暴風雨の中、立ち尽くしている人影があった。一寸先すらも見えなくて、雨が激しく石畳を打ち付ける音、暴風になぎ倒される木々の悲鳴だけが聞こえていた。
「……これ以上、待てません」
 人影が言った。眼は深いフードに隠されて見えない。微かに見えた唇は寒さのためか、紫色に変色していた。そして、もう一言。「この街にはあなたたちが必要なんです……。だから」
(ねぇ、誰に話しかけてるの? 何が? 何を待てないの?)
「だから……、手遅れになる前に、早く――! あなたたちしかいない……」
 ドォォオン! 次の瞬間には閃く雷光と耳をつんざくような雷鳴がこだました。
「あの時計を見てください」人影が大きく手を伸ばし、時計塔を指した。文字盤の裏から光が当てられているのか、暗闇の中、それだけが奇妙に浮き上がっていた。「あの針が十三を越えたら……お終いなんです……。あぁ、時間が足りない……」悲痛な叫びに変わる。
(十三……? お昼……夜なの? 答えてっ……!)
「だから、早く。わたしにはもう時間が! あぁぁ」
 刹那、闇に閉ざされた街並みが短い天からの閃きに明るく照らし出された。

 空は快晴、風は軟風。心地よい空気に、今日はまさにお散歩日和。けれども、不平不満をいっぱいにぶちまけて歩いている輩もいる。大きな狩猟用の弓と矢筒を背負ったブロンド、ショートカットの女の子。頭の後で手を組んで、恨めしげにお日様を睨んでいた。
「あ〜。もう、なんかサイテーな気分……。もお、ここに来て一月半にもなるのに何にも見つからない……。はげ爺の話じゃ、面白いものがごろごろってはずだったのにね?」
「発掘作業は地味な作業がものを言う! ついでにはげ爺は可哀想だろ? 本人、相当気にしてるんだぜ。特に最近は薄くなったって。それに目上の者は敬うべき。違うか? セレス」
「……こんな辺境まで来てお説教はよしてよね。リボンちゃん」
「――とりあえず、オレとしては『リボンちゃん』と呼ぶのは遠慮していただきたいんだがね」
 口をへの字に曲げてあからさまに不機嫌に言った。
「……」セレスはまじまじとリボンを見詰める。
「オレにはシリアという歴とした名前があるんだぞ」少しだけ、セレスに気圧され気味だ。
「ふ〜ん。いや、何かさ。“シリアくん”って堅い感じでしょ? 一応、親しみを込めてあたしはキミのことをリボンちゃんと呼んでいるのだよ!」ニコニコ。
「そんなことは力説しなくてもよろしい」胡乱そうにリボンは言った。
「そお? あたしは気に入ってるんだよ。リボンちゃんって」
「オレの意見はどうなってるんだ?」セレスを見上げる。
「うん? もちろん、完全無視! 聞いちゃいません」
 と、言うが早いか、セレスは弓をカチャカチャと鳴らしながらリボンから走り去った。
「……。どうして、あんなのが魔法学園を次席で卒業できたんだ?」
 ぶつくさと文句をたれながらリボンはセレスの後を追いかける。
「なあ、どうして、オレが『リボン』なんだ?」
「さあ?」茶目っ気たっぷり天使の微笑でリボンを眺める。すると、リボンは牙を剥き出しにして唸り声をあげた。「あ、怒った♪ あはは。何となくだよ。そのつやつやの素晴らしい毛並みをリボンで縛ったら面白いかな〜って思ったから、キミはリボンちゃん」
「はあ?」訝しげにセレスを睨む。
「どうでもいいじゃん、そんなの。悪意があるわけでもなし、ただのニックネームだよ」
「そりゃ、そうだろうが……オレとしては……」
 釈然としない様子でリボンがつぶやいた。そして、どこかションボリとしたふうにパタパタと足音を立てて歩いてる。セレスはそんなリボンを見ると可愛らしく思えて仕方がなかった。
「しかし、まあ、何というかあれだよねぇ。瓦礫の山ばかり」セレスは崩れた石壁の上に乗って辺りを見回した。「ねぇ、リボンちゃん。ここ、ずっと昔は協会の大聖堂の街だったって話だけど、ホントなの? 悪いけど、あたしにゃ信じらんないねぇ」
 セレスは石の上から飛び降りてかろうじて残った石畳の道を歩き出した。
「信じようが信じまいがそれだけは本当だ。……二百年だからな。とは言え、あの連中、あんなところに置き去りにして置いて大丈夫なのか?」
「あ〜ん?」腕を頭の後で組んで面倒くさそうな返事が来た。「大丈夫なんでない? それにほら、あたしって集団行動は苦手だし。あいつらだってそんな弱っちくないよ」
「弱っちくなっていってもなぁ、セレス。実戦経験の乏しい連中だぞ?」
「見捨てた訳じゃないよ。ただ一人でぶらぶらしたかっただけ。夜までには戻るから。それまでリボンちゃんがお守りしてあげてよ」手をひらひらさせてあまりやる気がないらしい。
「連中、オレのことは好きじゃないらしいぜ?」不敵ににやり。
「そりゃね。でっかいオオカミみたいなのを好きなやつはそうそういないと思うけど」
「ま……、いないだろうな。フツウ」大きな鳶色の瞳を茶目っ気たっぷりに閉じて見せた。そして、パッと開く。「が……、そんなオレを『リボンちゃん』と呼ぶセレスはどうなんだ?」
「あたし?」一瞬、キョトンとした。「あははっ、どうだろうねぇ?」
「たまには真面目に答えろよ」
「そ、だね。――フェンリルのシリアくんをあたしがどう思ってるか。……ま、どうでもいいじゃんそんなこと! そんじゃ、あとよろしくね、リボンちゃん。ちゃんと夜までには帰るよ」
「はぐらかすな。それに……昼間はいいが……。夜は魔物の都だぞ? ここシメオンは」
 リボンが遠のくセレスを見送りながらつぶやいた。
「大丈夫、大丈夫! リボンちゃんがいたら魔物なんて寄ってこないよ。これまでも、これからもずっとね。何たって、キミは狼王なんだから。そんじょそこらの魔物なんて束になってもキミには勝てないっしょ? だから、大丈夫」
(……何がどう大丈夫なんだか……。お前は知らないかもしれんが……、――ここは魔都なんだぞ。過去、数十年に渡って派遣された幾十もの発掘隊は一人も帰ってない……)
 リボンは諦めたようにため息をつくと、踵を返して歩き始めた。

 ドォオオン、バリバリ。雷が近くの木に直撃した。木は真っ二つに切り裂かれ、炎をあげ燃えている。雨は強まり、一向におさまる気配を見せない。天は黒雲に閉ざされ、既に数日間も陽の光が地表に届いていなかった。
「急いで……。あの長針が十三を越えるのにそんな時間はかからない」
(だから、キミは何が言いたいの? あたしに何を伝えたいの?)
 時計の文字盤は豪雨に霞み、ほとんど見えなくなっていた。文字盤の裏から透ける光が微かに存在を示し、その仄かな光の中で時が刻まれ、針は十三に近づいていく。
「あぁ」諦めの悲鳴が漏れる。「黒い炎が街を呑み込んでしまう……。黒い翼の天使たちが」
(どういうこと? ねぇ、どういうことなの? 答えて、答えなさい!)
 ゴーン。ゴーン。リン、ゴーン……。

 近頃、遺跡を当てもなくほっつき歩くのがセレスの日課になっていた。一ヶ月半くらい前に協会から“シメオン遺跡発掘調査”を命じられてここに来たのはいいのだけど、正直な話、セレスはの仕事が好きになれなかった。元々、地道な作業が苦手なのだが、それに追い打ちをかけるように何も見つからない。だから、セレスはつまらなくてつまらなくて仕方がないのだ。
「どぉ〜して、あのコたちってあんな、平気でいられるんだろ?」
 好奇心旺盛、明朗快活、アクティブな島エルフのセレスにはどうもその退屈さが耐えられない。一カ所を地道に丁寧に掘り下げて、美術品やら工芸品やらを探し出そうなんて。セレスにとっては狂気の沙汰みたいなものだった。それは誰も見たことのないものを一番に発見するのは好きだけど、一ヶ月半も進展がなければさすがのセレスもダレダレだった。
「あ〜あ、何かこう面白いことないのかなぁ?」
 けど、何かを見つけられるはずもなく、結局、暇つぶしだけして帰ってくるのだった。
 と、いつものように適当に散策していると不意に瓦礫の陰から人の声が聞こえてきた。ここは協会の指定する危険特別区で一般人の立ち入りは厳しく管理されているはずだった。
「……確か、この辺りだという話だったよな?」
(誰?)セレスは何者かの話し声を聞き止めて、身軽にひょいっと近くの木に登り身を潜めた。ちょうど、生い茂った葉が隠れ蓑になって向こうからこっちは死角になっているようだった。
「ああ、恐らくな……。だが、こう、瓦礫ばかりだと、信憑性に欠けるな……」
「しかし、ウィズ。信用するほかないだろう? 俺たちにはあの力が必要なんだ」
(……野郎が三人……。協会の連中じゃあないか……)
「でも、見つけたからと言って力になってくれるとは限らないんだぞ? それに天使は危険だ。ここは黒い翼の天使の襲撃で滅んだんだ」気が進まないのが一人いるらしい。「召喚、逆召喚の魔法まで封印され、残ってないんだ。それがどういうことか判ってるのか?」
「……久須那は白い翼だ! そして、絵に封印されている。危険はない」
 ウィズと呼ばれた男が不機嫌に気に入らなさそうに言った。
「久須那は黒い翼の天使にやられたって話じゃなかったか? 役に立つのか、そんなの?」
「……。ふ、不意を突かれただけかもしれないじゃないか」
「やめとけよ、ウィズは久須那嬢にご執心なのさ。ファイアボルトなんて炸裂させられたら……、病院送りで済めばいいけどな」
「しかしなぁ、協会の十一回にも及ぶ調査に一回も記録されてない上に、不確定な伝承に過ぎないだろう? しかも、史実にはひとっつも残ってないときたもんだ」
(……エスメラルダの残党かしら?)
「が、捜してみる価値はあるさ」ウィズ。
「どんなものだか。それにここをごちゃごちゃいじくると協会の連中が黙ってないぞ。シメオンは聖地だ。魔都と呼ばれて久しいがここが奴らにとって聖地なのは変わりない」
「臆病風に吹かれたのか? 俺は千五百年前の唯一の生き残り久須那と話してみたい」
(……魔都。久須那? って誰だったけ?)
「そんな雲を掴むような夢物語をまだ語ろうってのか?」訝しげな声色だった。
「そう思うんだったら、何故、俺と伴に来た?」ウィズがその男を睨んだ。「……俺は歴史に残らなかったことの方がより真実に近いと思う。が、どっちにしても明日からだな……」
 男たちは明日の計画のようなものを話し合いながら、瓦礫の向こうへと言ってしまった。セレスはそれを確認すると木の上からスルスルと降りてきて、物陰から三人の後ろ姿を確認しに走った。
「あら〜? 思いの外にすばしっこいのね……」
 姿は見失ってしまったけれど、ここに目星をつけたのならそれほど遠くもないところにキャンプを張ったのだろうとセレスは考えた。
(――久須那ね、久須那……。……)
「久須那って、あっ!」セレスは息を呑んだ。「……協会十二天使の一角、天使長……。十二の精霊核の伝承にもでてくる……。それが……え? ここに封じられてる?」
 瞬間、セレスはさっきの男たちを追いかけて色々と問いただした衝動に駆られた。が、セレスは必死の思いでそれをこらえた。夜までにはホントにキャンプに帰らなくてはならなかったし、何よりもこのまま消え失せたら、リボンに思いっきり遠慮なく噛み付かれるんじゃないかという懸念があった。
「う〜ん、あ〜、もうっ!」セレスは思わず髪の毛をかきむしった。「う〜、帰ればいいんでしょ。帰れば! あ〜、でも、ちょっとだけなら、大丈夫……な、わけ、ないか……。もう、日も暮れちゃいそうだし。やっぱ、大丈夫じゃないよなぁ。あ〜でも、やっぱ、知りたいよぉ」
 久しぶりに好奇心の導火線に火がついて、消そうにも全然消えやしない。セレスは涙ぐましい努力の末に好奇心を押し込めてキャンプに足を向けた。でも、後ろ髪を引かれる思いは凄まじく強くて、振り返り振り返り崩れた石畳を歩いていた。そんなセレスをいち早く見つけたのはやはりリボンだった。
 嬉しそうなリボンの顔を見るとセレスは尚更のことがっくりと来た。
「はぁ〜、……」
「その様子だと……結局、面白いものは見つからなかったようだな、セレス」
「あん? ――何だ、リボンちゃんか……。そ、無駄だったみたいだよ。足、棒にして一日中歩き回ったのになぁ。大して面白い発見はなかったよ」
 セレスはあえて、今日の出来事をリボンに話さないつもりだった。もう少し、何かが判るまで黙っていないと、折角つかみかけた“面白いこと”をぐちゃぐちゃにされてしまいそうだ。
「それは……ウソだろ?」
 まるで信じる様子もなくリボンは言った。そして、セレスはリボンに見透かされたのかと思って心臓が口から飛び出してしまいそうなくらいに驚いた。
「お前のことだ。初めの一時間くらいは本気だったんだろうが、どうせ、途中で飽きてフラフラしてきたんじゃないのか? また」流し目で嫌み。
「……よく判ってるんでしょ、リボンちゃん」張りつめた気が一気に抜けた。
「お前の行動パターンなんてお見通しだ。単純明快。実に判りやすい」
「へ〜へ。ど〜せ、あたしは単細胞でできてますよ」
「ふてくされるな。けなしてる訳じゃない」ちょっと笑いながらリボンは言った。
「ちぇっ。判ってるけどさ。そりゃ。でも、これがあたしなんだからしょうがいないじゃない」
「おっ! 開き直りやがったぞ、こいつ」大笑い。
 とそこへ、発掘調査隊メンバーの一人がやってきてセレスに手紙を差し出した。
「あっ! どこをほっつき歩いてたんですか? 協会本部から手紙が届いてますよ。あんまり、サボってるから召還令状が来たのかもしれませんね?」
「そんな嫌味なこと言わないでよ」セレスはキッと睨み付けた。「どれ!」
 セレスは受け取った手紙の封を早速切って読み出した。最初は明るかったセレスの表情は視線が便せんの下までたどり着いた時にはすっかり意気消沈して暗くなってしまったいた。
「どうかしたんですか、セレスさん?」
「あん……? デュレが来るって……。監督しに……」
「はぁ……、これで隊長の悠々自適な発掘生活もお終いですね……」
「うん……」セレスはとっても残念そうに肩をがっくりと落とした。

 ゴーン。ゴーン……。豪雨にかき消されながら、時計塔の鐘の音が嵐の街に響いていた。
「あぁっ。時間になってしまった……。でも、今ならまだ間に合うかもしれない……。すぐに、壁を越えて……壁を越えるの!」
(壁って何? 何なのよ、それは)
「時計塔の中にある……。白い翼の天使たちを連れて……、……を越えて……」
(えっ? 聞こえない……。風が……うるさくて……)
 フードを深く被って唇しか見えないその子の必死さが伝わってくるが故に苛立ちが募る。と、その瞬間、強風に煽られてフードが飛んだ。ショートカットの黒髪、黒瞳。クールなどこか冷めた印象を与えるその顔立ち。とっても淋しげな眼差し。フードを飛ばされたことで困惑しきった表情を見せていた。そして、目つきが変わった。隠しても意味のないことに気がついたかのように。
(え……。――デュレ……?)
「セレス……。時計塔にある門を越えて、白い翼の天使・久須那と一緒に。わたしと探せば必ず見つかる。だから……」デュレは遙かな時計塔を見上げた。「――タイムアウトだね。もう、そっちじゃ会えないかも……」
 デュレはフードを被り直して、豪雨に飛沫の上がる石畳の道を遠のいていった。

「デュレ……、デュレ? キミはデュレなの? えっ? どうしてそんなところにいるの? どうしてそんなことを言うの? デュレっ! っあ! ちょっと待って、行かないで」
「……さん? セレスさん。どうか……何かあったんですか?」
 誰かが自分を揺すってる。セレスは驚いてパッと目を開けた。
「……何だ、キミか――。大丈夫だから、もう、寝てていいよ……」
 調査隊員の顔を見て、ちょっとだけ不安が和らいだ。
「うう……、最悪……」セレスは寝袋から上半身だけを起こして、額を押さえた。それから急にハッとした様子で辺りをキョロキョロと見回した。「デュ、デュレはどこ?」
「どこって……デュレはテレネンセスの学生寮……じゃないのか?」
「あ……そっか、デュレはまだ来てないんだっけ……。気が変わって来なきゃいいのに……」
 セレスはとても嫌な予感を抱いていた。ここ数日間、毎晩のように同じ夢を見た。一言で言うならばロクでもない悪夢。豪雨と強風の吹き荒れる街。フードを被った女の子。デュレの伝言?
「シメオン……。何でこの街は滅んだの?」
「黒い炎が街をおそった。今から二百二十四年前のことだ」セレスの頭の後から声がした。
「リ? リボンちゃん? いつからそこにいたの?」首を捻って枕元を見やった。
「――お前だろ? 枕にちょうどいいとか言っていやがるオレをテントに連れ込んだのは」
「じゃ、もしかして、寝入りからずっと今までいたの?」
「当たり前だろ? 枕なんだから」リボンは半ばふてくされたように言った。
「じゃさ、あたしの夢とシンクロしてたってことない?」
「そう言えば、変な夢を見てたな、お前……」
「それ、再現できないかしら、リボンちゃん!」
「何で?」今度は訝しげにセレスを見詰めてリボンは言った。
「どおしてもよ。どおしても! あんたはデュレがどうなってもいいって言うの?」
「そもそも、オレはデュレをよく知らん……」
「っていうか、できるんでしょ? あんた、精霊だし」セレスの目がランランと輝いてた。
「そお言うお前はエルフだろ? 精進が足りない……」
 リボンは片目をつむってやる気はないらしい。あくびをしてもう一寝入りしそうな気配だ。
「……デュレみたいなこと言わないでよね」ふてくされたようにセレスは言った。
「そもそもだな、そんな夢などと言うとりとめのないものを再現などできん。お前の記憶の狭間や深層意識のなせる技だぜ? オレにどうしろってさ?」
「うん?」にんまり。「だって、あたしの夢とシンクロしてたのは確かでしょ? だったら、一緒に思い出してくれればいいの。そ・れ・だ・け、だよ」
「ど〜転んでもオレを巻き添えにしたいのな、お前」
「あはっ。だってさ、一人で考え込むのやだし、みんな疲れてるのに付き合わせたら悪いじゃん。と、したらね、付き合ってもらえそうなのはリボンちゃんしかいないのですよ!」
「いないのですよって……。オレも疲れてるんだけど……」
 セレスの朗らかな笑顔を見詰めてリボンはすっかり諦めた。だいたい、妙に機嫌がいい時のセレスに何を言っても、聞いてもらったためしがないのだ。リボンは嫌そうな顔をして、渋々セレスに付き合うことにした。そして、顔が口だけになるくらいの大あくびをした。
「で、どこから始める?」
 半分、気の抜けたようなリボンの一声からセレスの夢の探索が始まった。けれど、いまいち、テンションがあがらない。二人の周りにはゴーゴーと大いびきをかいて眠っているのもいるし、寝相が悪くてリボンを蹴ってくるのもいる。環境が悪い。と言うよりは、そもそも二人とも眠たくて考えるのに必要な集中力を長時間維持できない有様だった。
「ちぇっ。やっぱ、ボケボケの頭で考えるだけ無駄だったみたいね」
 そんなこんなで、結局、夢が何を示唆したことなのかさっぱり判らないままにセレスは寝不足の朝を迎えた。ついでに巻き添えを食ったリボンは大あくびで、目尻に大きな涙粒を作っていた。そして、散々だったっと言いたげにジロリとセレスを睨んだ。
「『無駄だったみたいね』♪ じゃない!」
「あははっ! 細かいことを気にしすぎると禿げるよ、リボンちゃん」
「『あははっ』じゃない! 一日、そこら中を引きずり回されて休めないなんてサイテーだ」
「いいじゃん、別に。体力有り余ってるんだから。ちょっとくらい消耗しないと、太るよ?」
「……。体力とカロリーは違うんじゃないのか?」呆れた口調。
「気にしない。どっちでもたいしたことないって。そして」セレスの目がキラリとした。「みんなが起きる前にちょっとつきあって。思い出したの。だから、忘れる前に……」
 セレスはリボンの尻尾をギュッと握って引っ張った。
「こら、強く握るなっ、痛いだろ? ちょっと待て! オレは砂袋じゃないぞ? 引きずるな」
「――機械時計」消え入りそうな小声でセレスは言った。「興味あるでしょ?」
「何?」リボンがそれを聞き咎めた。
「壊れた機械時計……。あたし、それ、知ってる。……ずっと、昔、誰かと一緒に、それ、見たような気がする。あ、うぅ……? 誰と? ここで、あたしは手をつないで。誰がここに?」
「機械時計……だと? どうしてお前が知ってる? あれは」
「判……らない。でも、え? あたし、ずっと、前からデュレを知ってる……? だって、まさかそんなはずない。あたし、初めて会ったのデュレが魔法学園に来てからだと思ってた」
「支離滅裂だぞ。落ち着いて、順を追え」
「デュレ、ダークエルフのデュレ……。違う? あれはホントにデュレだった?」
「……夢の話か?」急に思い出したようにリボンは言った。
「うん……キミの尻尾を握ったらちょっとだけ思い出した。時計塔をしきりに指さして誰かを呼んでた女の子……あれ……どう考えてもデュレだった……の。でもね、あの娘が生まれたのはほんの最近だよ。夢の中でこの街……だと思ったんだけど……生きてた、まだ。雨の中で立ち尽くして、必死に誰かを呼んでたの」
「それは……残像だ……」リボンが遠くを見るような目をして言った。「シメオンに強烈に焼き付いた何者かの残留思念が……お前の秘められた記憶と共鳴したのかもな……」
「その誰かって、デュレなの? あの娘、まだ十八なのよ。滅びの日、二百……」
「二百二十四年前だ」リボンが言った。
「うん……。きっとあの娘はデュレじゃないんだよね、似てるだけで……」
 でも、夢に関してセレスは強い懸念を感じていた。当たって欲しくない時に限って予感は当たるんだ。『動物的に鋭いね』とデュレが一応、賞賛してくれるこの勘も身近な人にかかってくると気が気でなくて嫌だった。胸がドキドキする。
「ねぇ、リボンちゃん……。あたし、やな予感がする。デュレが来たら……大変なことになるような気がする……。取り返しのつかないことが起きそうで、あたし……怖い……」
 セレスはドキドキする胸を落ち着かせるかのように大きく深呼吸をした。