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04. silhouette skill(シルエットスキル)
「でよ、サスケ」暗がりのあまりの退屈さにウィズはついにサスケに話しかけた。「ちょっと聞きたいことを思いついたんだが……いいか?」ちょっとおっかなびっくりだった。
「何でも、好きなだけ聞いてみたらいいさ。こうなったからには運命共同体♪」
ウィズは暫し言葉を失った。
「もお、逃げられないってことか?」
「ほぼ確実」サスケが不敵ににやりとした。「まあ、遠慮せずに最後まで見て行けよ。影の歴史を目の当たりにする数少ない人間になれるぜ?」
「そうかい? そんなことより、俺はその試験とやらを見に行きたい」
「は〜ん? 好奇心が強いな、ウィズ。己を知らぬやつは長生きできんぞ?」
「……運命共同体だとまで言うのなら、見学くらいいいだろ?」
「口もうまいな」妙に感心したようにサスケは言った。「……じゃ、ちょっと見てくるか? ただし、手出し無用。いらないことをすると、久須那のシルエットスキルにやられるぜ?」
楽しげな笑い声を上げて、サスケはデュレとセレスが向かった方へと歩き出した。
*
ドカカカカッ! 突然、前触れもなく矢が連射され、石の床に深く突き刺さった。その矢の全てが青白い光を放って周囲を照らしている。それは明らかに威嚇目的だったが、一歩間違えばあたりを火の海にしかねなかった。
「イグニスの弓……。初めて見ました……」デュレは惚れ惚れとしたように矢を見詰めた。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ。デュレ、そして、セレス」
「しかし……あなたとの手合わせは避けたいですね。敵にはしたくない人です」
デュレは真摯な眼差しで声の主を見詰めて言った。カンテラの仄かな光に映し出されたその姿はまるで本当に絵から抜け出してきたかのようだった。久須那。絵と全く同じ衣装を身にまとい、静かに二人を眺めていた。
「絵から抜け出した?」セレス。
「そんなはずないでしょ」デュレが冷たく釘を差した。
「そいつは久須那のシルエットだ。封印される前にオレたちに託した純粋なスキルの塊。久須那であり……久須那ではないような――シルエットスキルと呼ばれるものだ」
リボンの声はいつになく低く、怖いくらいに真面目だった。
「戦いに感情は交えないし、手加減など知らん。――お前たちが知ってるかどうかは知らんが……」リボンは言葉を切った。「協会十二天使時代の久須那と言ったところか。勝てるか? 勝てなければ生きては帰れない。ただ、それだけのことだ。ただね」
デュレのもったカンテラの向こうには淋しげな口調で話すリボンがいた。
「手合わせして無事にすんだやつはいなかった」
「過去にここまで来た人がいるんですか?」
「いるよ」リボンははにかんだ笑みを浮かべる。「今でこそ、ほとんど誰も連れてこないが、昔は若気の至りというかね。色々と連れてきたもんだ。早く逃れたくてね」
リボンは悪辣に笑っていた。
「それはあまりに失敬だぞ、シリア」
「冗談だ。だが、見ていてあまりいい気はしないだろ?」
「まあ、そうだろうな。わたしも早々にお役ご免と行きたいところだが、そうも行くまい? コトの時にオリジナルがいないと困るのだから、諦めろ、シリア」
「――お前にそこまで言われるとは思わなかったぜ?」
「わたしもそこまで言う気はなかったのだが、今日はテンションが高めでな」
「オレもだ。何せ、二百二十四年待っての今日だからな」
度々、出てくるその言葉、二百二十四年も何を待っていたのかデュレはずっと気になっていた。久須那もリボンも自分たちを待っていたという。けれど、自分たちに何かを動かすだけの力がないことは他ならぬデュレが一番心得ていた。
「ホントは……心優しい天使なのにな」リボンはひどく痛々しそうにそう言った。
「そう言うな、シリア。役立たずを連れてもしようがないだろう? お前は見てきたはずだ」
デュレにもセレスにもその意味が判らず、考えている暇もなかった。
「まあ、そうだが……」リボンはモゴモゴと言葉を繋いだ。
「では、いかせてもらおうか?」
久須那の目つきが明らかに交戦の意志を持った険しい色に染まった。そして、カンテラの薄明かりの外にすっと消え失せた。
「ちょちょ、ちょっと待ってって! 何がどうなってるの?」
慌てふためいてセレスが言った。このままでは分が悪すぎる。弓も短剣も持ってる。けど、暗闇ではどうにも出来ない。デュレはダークエルフという種族柄かセレスよりは夜目が聞くようだった。が、どちらにしても苦戦を強いられそうな気配だった。
「うろたえるんじゃありません!」真顔。必死に姿の見えない敵を捜す。「わたしたちにちょっかいを出すなら、久須那でも敵です」
「いい心掛けだ」虚空に声だけが響くと、悪戯に恐怖心だけが煽られた。
「ちぇっ。泣き落としも無駄だってかい? あんまり本気でやりたくなかったのに」
「何バカ言ってるんですか? このままだったら本気でやっても負けます。セレスには実力の二百パーセントは発揮してもらわないと……」
「あたしが二百パーセントならデュレは?」それでもまだ少しだけ余裕がある。
「百パーセント!」にやり。
「な〜んじゃそら! どうせ、あたしはデュレの半分の実力しかありませんよ〜だ」
と、背後から氷よりも冷たい気配が感じられた。
「わたしを相手にお喋りとは随分と余裕があるな。わたしはオリジナルほど甘くはない」
その声にデュレとセレスは振り向きざま飛び退いた。少し離れたところで、セレスは弓を構えいつでも射れるような体制をとり、デュレは簡易魔法の闇護符を取り出して体正面に構えた。
「リボンちゃん! 一つだけ答えて。その娘は本物の久須那じゃないのね」
久須那から目を離さずにセレスが怒鳴る。
「本物は絵の中に一人。そいつはシルエットスキル。光と炎の高次魔術だ」
「じゃ、あたしも遠慮はいらないってわけだ。デュレ! 魔法で援護し! どっちも弓じゃ埒があかない。あたしが切り込む」
セレスは弓を置いて、短剣を取り出した。
「無茶をしないで、久須那のそれは弓じゃない。剣にだって姿を変える炎の魔力」
「そんなの知ってる」セレスはデュレに会心の微笑みを見せた。
けど、どこか悲壮感が漂っていた。いつだって楽しげだったのに。
セレスはそんなデュレの杞憂を知ってか知らずか、久須那に打って出た。セレスが動けば、デュレは援護をしないわけにはいかない。弓の方が明らかに射程が長い。セレスが久須那の懐に飛び込むまで、攻撃させてはいけない。
デュレは瞳を閉じて、右手で素早く印を結び呪文を唱える。すると、虚空に直径三メートルほどの真紅の魔法陣が浮かび上がった。それは二重円で外周部には古代エスメラルダ文字が所狭しと並び、その内側には例のごとく六芒星があり、更に星にかたどられた六角形の中には真紅に燃える瞳が描かれていた。
「……」デュレは静かに目を開いた。「ダークフレームッ!」
と同時にデュレの漆黒の瞳が燃える火の色、緋色に変わった。それと同期するかのように魔法陣の瞳が赤く閃き、閃光がほとばしった。そこから、幾重にも重なる闇色の炎が久須那に向かって飛んでゆく。しかし、久須那も慣れたもの。全く動じない。
「マジックシールド」久須那は手を差し出し短く言った。そして、冷めた視線でデュレを睨む。
その次にはデュレの放った魔法はシールドにあっという間に吸収された。空間が微かに揺らいでそれでお終い。まるで何事もなかったかのように静まり返る。
「そんな――」
渾身のパワーを込めた魔法でさえも、天使・久須那の前には無力。デュレは力無くよろけ、天使の能力の高さを思い知った。そして、久須那の神経が瞬間、デュレに向いた時、セレスは久須那の間合いに飛び込んでいた。
「覚悟!」真剣な眼差し。
「わたしに何を覚悟しろと言う?」
ドスの利いた久須那の声にセレスはドキリとした。が、セレスはそのままの勢いで久須那に背後から斬りかかった。ギリリリリ。セレスの短剣はイグニスの弓に阻まれた。そして、そのままの姿勢で久須那とセレスは睨み合った。
「流石は協会十二天使の一角……なのかな?」額に汗してセレスは引きつった笑みを浮かべる。
「協会魔法学園第百十四期次席卒業。運動技能、狩りや戦いに関しては学園ナンバーワンの実績」
「やけに詳しいじゃん。あたしのこと」不敵にニヤリ。「リボンちゃんに聞いたの?」
「しかし、学業はいまいち……。それが次席に甘んじたわけだと聞いたが……?」
「よ、余計なお世話だいっ! リボンちゃん? そこら辺にいるんでしょ? 今度から余計なこと軽々しくばらさないでもらえるっ!」
目は久須那から離さずにセレスは怒鳴った。その様子をデュレはハラハラしながら見守っていた。久須那とセレスが近づきすぎて、魔法は放てない。もともと、デュレは物理的な攻撃は不得手だったから、迂闊に手出しが出来なかった。
そして、セレスは久須那を突き飛ばすようにして後方に跳び去った。
「少し……お遊びが過ぎたかな?」
そう呟いた久須那の手の中でイグニスの弓が剣へと形態の変化を始めた。
「至近距離ならこっちの方が都合がいい。あまり得意ではないが、お前には負けないぞ」
「へん! 好き勝手言ってくれちゃってさ!」
セレスは短剣を逆手に握って間合いを計り直す。が、久須那の長剣の前に短剣ではリーチが足りない。デュレは魔法。これ以上の援護は期待できない。せめて、ウィズの剣が手に入れば。セレスは悔しさに歯がみをした。このままではどうあがいても勝ち目がない。
「……助けが欲しいような顔をしているな、セレス」
「サスケ……、ウィズ!」よそ見を出来ないセレスに代わって、デュレが叫んだ。
「よく頑張ってるようじゃないか、みな、大抵は一撃でやられたぜ? ……親父、特例、認めてやってもいいんじゃないか? 助っ人と言いたいが、ま、武器くらいかな?」
サスケは久須那とセレスを見やって、それから、ウィズを見上げた。
「――サスケも随分と甘ちゃんになったもんだ」
「可愛い女の子には弱いのさ。って違う!」思わず口走ってから否定する。「久須那に弓以外の武器を持たせたのはセレスたちが初めてだろ? だから、敬意を表してボーナスポイントだ」
「はぁ?」リボンはつい素っ頓狂な声を上げた。「ま、いいだろう。ウィズ、セレスに剣を貸してやれ。久須那もそれで構わないだろ?」
「そうだな。わたしは構わないが、その分、より辛くなるのはセレスかもしれないぞ」
「どうする? セレス」リボンの姿は見えず、声だけが届いていた。
「貸して! ウィズ。あたしに剣を渡したことを後悔させてやるわ」
セレスの瞳には険しい煌めきが宿っていた。そして、ちょっと驚いたようにデュレが言った。
「あなた……剣なんて使えたの?」
「狩りだけが能じゃないんよ、あたし。弓だけでお宝探しなんてやってられますかって」
と言ってる間にウィズが歩いてきて、セレスに剣を手渡した。
「――勝てよ。ホントは俺がサポートしてやりたいが、それはルール違反だそうだ」
「う、うん……」期せずしてセレスは少し赤くなった。「けっ、けど、あんたなんか別に――」
「何言ってるんだ、お前?」ウィズにキョトンとされて逆にセレスが言葉を失った。
「あう……」
(――あたし、何やってるんだろ。……バカみたいじゃん。……いつだって一人だった。だから、あたしは弓も剣も使えるようになった。父さん死んで、あたしは一人きり)
「どした? セレス。泣いてる?」
「うるさいっ! そばに寄らないで。負けない。負けないんだからっ!」
「まだか? 長々と待ってる気はないぞ」イライラと刺のある久須那の声が響く。
「いいよ、そんな気を遣わなくたってさっ!」
返事をしつつ、セレスは振り向きざま久須那をなぎ払おうとした。不意打ちならもしかしたら。と考えたが、どうやら全く意味をなさなかったようだ。剣同士が激しく交錯し、火花が散った。
「それがどうかしたのか」
「ちっ! 腹の立つ」
再び、睨み合いの膠着状態が始まった。二人とも剣を押し合い、その状態でピクリともしなくなった。無言の駆け引き。実力ではどう考えてみても久須那が上。剣を弾かれて、突きを喰らったらかなり危険だ。一回でも避けられたら、それは奇跡。二度目はない。
(一発勝負か……。こんなんばっかりだな、あたし……)
セレスは意を決した。次の一撃に全てを賭ける。セレスは久須那に気取らせないようにスウッと力を抜き右に身を引き、剣を流そうとした。しかし、刹那、セレスの瞳は久須那が不敵にニヤッとほくそ笑んだ姿が映った。
(見透かされた?)セレスの勘は自分自身にそう告げた。
案の定、打ち出した剣はいとも簡単に弾かれてしまった。そして、久須那は何かを感じたのか、セレスのウエストポーチに目を付けた。久須那の剣はそこを狙い、セレスは身をよじってかわそうとするが、かすった。ポーチは裂かれ、炎が燃え移った。
「うわっちっち。あっ!」
セレスに僅かな隙が出来た。その一瞬を久須那が見逃すはずがない。久須那はセレスの視線が外れた瞬間に、セレスを一気に押し倒した。そして、馬乗りになると剣をのど元に押し当てた。
「一瞬の油断が命取りだ」
その様子に困惑したのはデュレだった。セレスが窮地に陥るざまなど見たことがない。どんな魔物に出会っても、冷静ではなかったけれど、熱く戦って色々なピンチをかわしてきたはずなのに。
(……闇魔法――。何か、何か……、空間転移、ダークフレーム……。ダメ……。わたしの実力じゃ、歯が立たない。セレスを抑えて、久須那はわたしの出方を見てる……)
突拍子もないことをやらなければ、久須那の裏をかけない。久須那はデュレが闇魔法を得意にしていることをほぼ間違いなく知っている。だったら……。デュレはセレスが置いた弓をとった。
「セレスを放しなさい!」
デュレは弓引き久須那を狙った。
「……それでいいのか?」久須那はデュレを見もせずに言った。
「え……?」
身も凍るような恐怖をデュレは感じた。何を考えても自分たちはまだ、久須那の手の平の上で弄ばれているだけだ。デュレはある種の絶望を味わっていた。
「わたしを倒さなければ、無事に返すわけにはいかない」
久須那の突き刺さるような視線がデュレをとらえた。最悪だ。デュレは思う。セレスと一緒に発掘した三回に三回ともこんな有様。しかも、今度は最低最悪。命までかかったのは初めてだ。
「キミもさ、あたし相手に油断していいの?」
久須那の下敷きにされままセレスは強気な発言をする。
「ご託を並べる暇があるなら、さっさとやれ。それにデュレ! 武器は持ったまま威嚇する道具ではない。矢なら放て、剣なら斬れ! 行動で本気を示せ! わたしならこうする」
久須那の得物は炎の魔力。久須那の意志に従って、ある程度は自在に変幻する。そして、セレスを捕らえた剣は再び、弓に姿を変えていた。久須那は弓を大きくしならせ、矢尻はデュレをぴたりと狙った。
「動くなよ、デュレ」研ぎ澄まされた鋭い視線がデュレに刺さる。
「しかし、そう言うわけにもいきません!」デュレも負けじとにらみ返した。
「ほ〜う……。流石はシリアが見初めるだけのことはある」
と、言うか言い終わらないうちに久須那はイグニスの矢を放った。それを瞬時に見定めて、デュレも矢を放つ。それから、デュレは矢をかわすように身をかがめ、制服の内ポケットから護符を取り出した。護符を使えるのは簡易魔法と決まっている。が、正式な呪文を詠唱しなくても良く、時間短縮が可能な代わりに強力な効果は期待できない。けど、今はそれでもいい。
デュレは二本の矢が最も近い距離ですれ違うのを見計らった。炎がデュレの矢に燃え移った。
「フライングスペル、アクセラレーション!」
護符が白く輝き、デュレの瞳が赤く煌めく。すると、矢が新たな加速を得て、スピードを増す。初速よりも速く、矢の出せる限界速度をたやすく超えて飛翔する。しかし、久須那は弓で矢を叩き落とした。イグニスの炎をまとわせても、所詮は付け焼き刃。本来の威力を発揮することはない。一方で、デュレがかわした矢は後方で燃え盛っていた。
「あ、あぁ……」デュレはあえいだ。
「わたしに小細工など意味ないぞ。……だが、若い割りには二人とも良くできるな。デュレは頭の回転が速い。その場で出来ることを瞬時に判断、実行に移す能力に長けてる。セレスは……行動力だけは認めてやってもいいかもしれないな。経験を積めばいいコンビになりそうだ」
「い? あたしはこんなんとこは組みたくない!」
「それはわたしの台詞ですっ」
デュレとセレスのやりとりを聞いて久須那はクスリとした。
「――つまり、合格でいいんだな?」どこへ行っていたのか、遠くからリボンの声がする。
「ああ。だから、後は頼んだぞ」久須那はふっと顔をほころばせた。「……リボンちゃん」
そして、踵を返すと久須那は闇の中に消えていった。
「……セレス」リボンは肩を震わせていた。「恨むぞ、お前! 真面目な久須那にまでリボンちゃんだなんて呼ばれるなんて。くぅ〜。オレはもう、生きてる限り“リボンちゃん”って呼ばれ続けるのか?」
「いいじゃん、別に。みんな悪意はないんだからさ」
「それが困るんだよ! 全く。どいつもこいつも人の気も知らないで」
リボンはセレスの顔をねちっこい眼差しで見詰めながら悪態をついていた。そこへまだ遠巻きにいたデュレが近寄ってきた。ウィズと優男に至っては何があったのかなんて理解の範疇を軽く超えてしまったためか、かえって冷静だ。その後からはサスケがニコニコしながらやってくる。
「で、結局、誰が久須那を封じたんですか?」
「聞きたいか?」
突き刺さるように研ぎ澄まされた視線がデュレをとらえた。呑み込まれてしまいそう。デュレはごくりとつばを飲んで、リボンの視線を受け止めたまま頷いた。
「そうか……。オレだ……と言いたいところだが、実際に封じたのはシェイラル司祭。オレはその時に足りない魔力を貸しただけだ……」
「だから、絵にリボンちゃんの雰囲気があったんだ」
「そう、そして、その魔法はオレでは解けない……」
「解けない?」デュレが訝しげにリボンの顔をのぞき込んだ。
「ああ、解けない」不承不承、あまり認めたくない様子で仏頂面で返事をした。「この封印を解けるのは……」
リボンはデュレを横目で見やって意味ありげにニヤリとした。
「シェイラル司祭のみ……」
「じゃ、どうしてそんな絵がこんなところにあるのさ?」セレスが口を挟む。
「テレネンセスには隠せる場所がない。あまり、知られたくなかったし、こんな大きな絵だ。持ち運び自由じゃないだろ」
リボンは自分の娘を見るような愛おしげな眼差しを絵に向けていた。
「シェイラル司祭なんてとうの昔に鬼籍に入ってるのに、誰がそれを解けるって言うの?」
リボンは自分の世界に没入してしまって、デュレの声が聞こえなかったようだ。
「あんなことさえ、なけりゃあな。こうはならなかった」それは遠い遠い過去の出来事。リボンの淋しげで温かな眼差しを見ていると判る。「黒い翼の天使……マリス。協会が異界より召喚した最後の……黒い炎をまとった災厄の天使――」
その名は協会史に刻まれることなく、歴史の向こうに消えかけていた。
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