05. open the second stage(第二ステージ開幕)
「う〜、サイテーな気分だわ」
セレスは寝癖でグチャグチャになった頭を抱えて朝食の席に現れた。デュレはまだ居ない。今日の朝食当番はシルトだったから、居なくとも不便はないのだが。デュレの代わりに何故かちゃっきーが居るようだった。
「何で、キミがうちにいるのよ。招待した覚えは全然ないんだけど」
「おっは〜、セレっち。細かいことは気にするなぁ。不肖・ちゃっきーは神出鬼没。時を選ばず、場所も選ばず。呼ばれようが、呼ばれまいが、勝手に飛び出てどど〜んと参上……?」
「うるさいって」セレスは勢いに任せてちゃっきーの後頭部を殴った。「頭に響く」
「ひっど〜い。少しは遠慮をしろってんだい」ちゃっきーは頭をさすって、ちょっぴり涙目。
「ねぇ、ちゃっきー……。ワタシのアミュレット、見付からなかったらどうしよう?」
シルトはちゃっきーを膝に乗っけて、その頭の上から半ば独り言のように呟いた。
「こらっ! 人の話を聞けっ!」と言って聞く連中ではないのはセレスも判っていた。完璧に無視されて、ちゃっきーとシルトは二人の世界に入り込む。
「Oh! お元気お嬢がそんなことを気に病んでたのですかぁ?」
「だって、あれがなかったら、ワタシ、ここにいられないんだもの……」
「しかぁし、そんなことは心配ありますまい。てめぇ、ホントなぁんにもは知らねぇんだな? あ・い・つ・らのこ・と。心配するだけ、無駄ってもんさぁ。なよなよって頼りなさそうに見えたって、やるときゃやるのだ。おいらのぉ〜、セレっち、あ〜んどデュレっちに限っては不安を感じるのはNothingなのだい! さあ! おいらの胸を貸してやるぜ、ど〜んとこいや」
「――ちゃっきー、潰れちゃいそうだから遠慮しとく〜」
シルトはちょっとだけ晴れやかな面持ちになった。
「パーフェクト〜とは言えねぇけどさ、信じてみる価値だけはあらぁね」
と、セレスはパチパチと全くやる気の感じられない拍手をして、テーブルについた。
「早朝から、熱弁ご苦労様。何か、微妙に気に入らない表現があったようななかったような気がするけど……。まぁ、大筋でけなしてるんじゃなさそうだから、いいか」
「そりゃあ、おいらが納得できねぇなぁ」
ちゃっきーはシルトの太ももの上に立って、大きくえっへんのポーズを付けた。
「キミが納得しようがしまいが、そんなことはどうだっていいのよ」
セレスはツカツカとちゃっきーに歩み寄ると、デコピンをパチンと喰らわせた。
「Oh! No! 信じられねぇ。貴様ぁ、このおいらが地上最大、女の敵っ! とツーカーの仲だってのを忘れたのかぁ」
「忘れてないけど、あいつ、今、いないじゃん」
「確かに、いねぇなぁ。けど、奴ぁ地獄の果てからだろうと……。おろ?」
ちゃっきーが言葉を切った瞬間、物凄い音と共にドアが開き、不機嫌極まりないデュレが姿を現した。髪も少々乱れ気味で、かなり険しい目つきをしていた。
「朝っぱらから、騒々しい。一体何やってるんですか。こんな時間に。ご近所迷惑って言葉を知ってるんですか、あなたたち。特に」デュレはキッと鋭くセレスを睨む。「セレスっ!」
「な、何であたしを矛先に選ぶのかなぁ」
「この面子でセレスが一番弱そうだからです!」きっぱりと言い放つ。
「あの、そんな身もふたもないことをさらっと言わないでもらえる?」
「……徹夜明けで、気分サイテーなのに……。ガタガタ言わずにさっさと探しに行け! シルトだってそうです。落ち込んでる暇があったらセレスを突っついて探しに行きなさいっ! 自分のことでしょっ!」
怒号の勢いで発破をかけられ、セレスとシルトは家を飛び出した。あれ以上、ダラダラしていたら怒鳴られるだけでは済まなくなる。デュレとそれなりの付き合いの長さを持つセレスは肌で感じたのだ。不機嫌なデュレほど、怖いものはない。その相手をしないためなら、猛獣とだって戦える。
しかし、そんなデュレを気にもせずに、全くフツーに接するなまものが一匹。
「お〜、今日はまた一段と炸裂してらっしゃるのね。デュレっち」
「炸裂? これが炸裂しないでいられますか。全く、腹の立つ。どいつもこいつもスロースターターで動きやしない。今、何時だと思ってるんですか? 出勤、通学時間です。命のかかった探し物を始めるのには遅すぎます。いいですかっ、ちゃっきー。あなたもそこにでれ〜っとしてるつもりなら手伝いに行きなさい。猫の手も借りたいんですっ!」
デュレはそう言いながら、勢いよく右手で開けっ放しになっている玄関を指し示した。
「お〜、この饒舌マシンガントークバトル、受けて立つじぇぇ。デュレっち。てめぇになんか負けられねぇなあ。元祖トーキングマシンの底力、耳の穴、かっぽじいてよく聞けやぁ!」
何故か理解に苦しむがちゃっきーは敵対心をごうごうと燃やし、デュレに対戦を挑む。
「そんな勝負なんかしたくありません、さっさと行け! でなければ、大人しく帰れ!」
デュレは床に佇むちゃっきーを玄関の外に向かってサッカーボールよろしく蹴り飛ばした。
「う〜、も、わたし、ダメそう。まぶたがくっついちゃいそう……。珈琲一杯……」
果たして寝覚めの珈琲一杯が眠気覚ましになるのかも怪しいくらいに眠たいのだ。しかし、ここで眠ってしまっては取り返しのつかないことになる。セレス共々、久須那にお仕置きをされてしまう。デュレは頬をパチパチと叩きながらキッチンに行き、珈琲を淹れる。
「――あの二人組、プラス一匹で大丈夫かしら……」
そのデュレの心配を余所に二人はゆく。
昨日回ったところはもちろん行かずに、シルトが一昨日に遊び回った道筋を追い掛けるのだが、それでもその分量は計り知れないようだった。昨日とは逆に家を右に出たところまではいいのだが、シルトは走る走る。どこまでも、走る。
「ちょっとぉ、一体、どこに行くつもりなのよぉ。隠れ家には行かないんでしょ?」
「うん。けど、昨日は昨日行ったところの半分とちょこっとしか回ってないの」
「うげ。それってホント?」
「うん」シルトは事も無げにコクンと頷いた。「あと寄ったところはぁ、昨日行ったのと反対側のメインストリートと、大聖堂と、噴水のある公園と、魔法学園でしょ。それからぁ……」
「もういい、もういいからっ!」
それだけ羅列されてしまうと、気が滅入ってしまう。アミュレットが見付かるまで、列挙された場所を引きずり回されることは確定だ。最初の一カ所目で見付かればいいけれど、昨日、散々付き合わされてあの有様なのだから、すぐ解決なんて期待薄だ。そんなことを考えれば、全行程の数十分の一もクリアしていないのにセレスは疲れ果ててげんなりしそうだった。
「どっちにしても、やらなきゃならないんだから、早く見つけて、さっさと帰るか」
その言葉の裏には“そうだったらいいな”と言うセレスの楽観的な希望が見えた。
「そいじゃ、行くぜっ」気合い一発。掛け声を出す。
「うんっ」シルトはセレスに応じ、迷わずに駆け出した。
今朝はしっかりと回る道順を決めたのだ。もちろん、思い通りに回れるかは判らないけど。
と、早速、そこに邪魔が入った。通りの向こうから暇そうに歩く見覚えのある人影がふらり。セレスはイヤな予感がした。何とかして、避けたいと思うが、こう言う時に限って路地に入る場所も、十字路などもない。セレスは苛々とちっと舌打ちをして、顔を隠しながらその人影の横を通り抜けようとした。しかし、目敏い奴が見逃してくれるはずもなかった。
「お、セレス。今からお前の家に行こうと思ってたんだ。暇か?」
「これが暇そうに見えるってかい? あとあと。それとも手伝ってくれる? ウィズ?」
「何を手伝えばいいんだ?」問われて、何気なくウィズは尋ね返した。
「シルトがなくしたアミュレットを探すのよ。大変よぉ。どこに落としたんだか、見当も付かないんだから。はぁ」セレスは大きくため息をついた。「昨日から探してるんだけどさ。見つからなかったらどうしよう」
「テレネンセスは広いからな。場所の目星がつかないんじゃ、発見は困難極まりない」
そこへ、デュレに蹴り飛ばされたちゃっきーが到着した。大人しくお家に帰るよりも、このでこぼこアミュレット探索隊に参加した方が面白そうだ。それ以外に理由はない。
「へっへ〜ん。ウィズもこの愚連隊こと、子猫ちゃんパーティに参戦かい? しかぁし、てめぇはかわいこちゃんたちの中にゃあ似合わせねぇぜ。美女と野獣。うにゃうにゃ、美女と野猿? はっは〜ん。てめぇにゃ、もぐぅ??」
ウィズはポケットに入れていたハンカチを丸めてちゃっきーの口に突っ込んだ。
「黙れっ」
「もふぅ。む〜、む〜っ!」必死に抗議しているようだが、むしろ、滑稽だ。
「も〜、ウィズ。幾らうるさいからって、これじゃ、可哀想だよぉ」シルトが言う。
「爆裂マシンガントークを延々と聞かされるよりましだろ?」
と言ったところで、シルトには通用しないことはウィズだって心得ている。黙っていたら、シルトとちゃっきーの二人で二時間でも、三時間でも喋り続けるだろう。それは最近、セレスの家を訪ねた時に知ったことで、まとまりのない意味不明トークを夕食の時間まで続けていた。
「そいじゃ、捜しにで行こうか?」
対ちゃっきー論争に終止符を打つためにセレスは言う。しかし、そう簡単に幕引きとはならないようだ。シルトがちゃっきーの口からハンカチを引っこ抜いた瞬間、始まった。
「きっさまぁ、おいらの可愛いお口に何をしてくれるぅ。広がって元に戻らなかったらぁ」
「もう、元に戻ってるよ」シルトがクールな口調で突っ込みを入れた。
「うへ〜、デュレ〜〜。何で、こう言う時、キミはいないかなぁ……。ねぇ、ウィズ。ちゃっきーなんかどうでもいいからさぁ、デュレが来るまで付き合って。お願いっ」
セレスはまだ近くにいたウィズを泣き落としにかかる。
「非番だから、遊びに来たつもりだったんだけど……。我らが騎兵隊一個小隊を」
「そんなの要らない」即答。「アミュレットごときに戦でもおっ始めるつもりなの?」
「ワタシの大事なアミュレットを“ごとき”って!」シルトが抗議。
「要らないならいいけど、探し物にはかなり有効だぞ?」
「あのね。あたしはそんなおおごとにしたくないの! もおっ! ウィズが来てくれたらそれでいいのよ。騎兵隊を呼んで指揮するより、探した方が早い。夕方までに見つけられなかったら」
「おいっ」ウィズはシルトを指さした。
「何?」話の腰を折られて、セレスは少しムッとした。
「シルトが悔しそうな恨めしげな哀しそうな目をして泣き出しそうな勢いでお前を見てる」
「おっ? あぁ、ごめん。今からすぐ探しに行くからね。ね?」
シルトは手の甲でごしごしと涙をぬぐった。
「セレスはワタシが居なくなっちゃってもいいの?」
「そ、そんなことは少しも思っていないから。ね? ね?」セレスはシルト相手に拝み倒した。
「ホント?」少しだけ、機嫌を直したようだ。
「と言うことで、ウィズ。よろしく」
と言ってる間に、早速シルトはちゃっきーを伴って消え失せていた。
「うわっ。またかい! 行くなら行くで、一声かけろって、全く。――えっと、メインストリートからだったかな?」ため息交じりに、頭を掻く。
セレスは見えなくなったシルトの後ろ姿を捜すところから始めることになった。
「しかし、どうしてなくしたんだ? あれはシルトの命みたいなもんだろ?」
ウィズは問う。彼もシルトがアミュレットも持つに至った経緯を知っている。あれはシルトの命でもあり、デュレとの契約の証だった。だからこそ、なくすことは考えられないことだった。
「鎖とアミュレットを繋ぐオーリングが切れたんでしょ。それ以上でも以下でもなし」
「古いものだって言ってたからな、デュレ。金属疲労か?」
「知らないよ、そんなこと」セレスは苛々とした口調で食ってかかる。「ペンダントトップがどうして外れたかの理由なんか、どうでもいいのよ。そんなのの検証なんか、見付かってからでいい」
セレスの突っ慳貪な態度にウィズはセレスのシルトに対する思いを感じ取った。
「と、とにかく、走って、ウィズ。早くしないと、完全に見失っちゃう……!」
「よし、判った」
シルトが走り去ったと思しき方向に二人は走る。今日は昨日とは違って、シルトから道順を軽く聞いていたのだが、それが当てに出来るのかは全く別の話だった。しかし、それを頼りに回る他ない。それでも今日の探索地域はテレネンセス大聖堂を中心として半径一キロ以内に集中していたから、昨日よりも十分すぎるほどましだといえた。セレスはウィズを仲間に加え、朝のメインストリートと駆け抜けてテレネンセス大聖堂を目指す。これでシルトに路地裏に消えられていたのではそれこそ一巻の終わりというものだ。が、そこは敢えて思考から追い出した。考え出したらきりがない。
二人は左右、脇道に注意を払いながら走り続け……大聖堂正面。時間がまだ早めなだけに人影はまばらだった。これならば、捜しやすい。この時点で、シルトを探してるのか、アミュレットを探してるのかすでに訳が判らなくなっていた。
「しかし、シルトは何故故に大聖堂になんか来るんだ?」
「うん? かくれんぼが出来るからに決まってるじゃない」
「それなら、街だって出来るだろ? わざわざ、こんなところ……大聖堂まで来なくても」
「判らないかなぁ? ここでかくれんぼをすると燃えるよ?」
セレスはウィズに肩を寄せ意味深な笑みを浮かべる。ウィズはちょっとばかり呆れた眼差しでセレスを見ていた。『お前はここでかくれんぼをしたことがあるのかい』と突っ込みたくなる衝動を辛うじて抑え、大聖堂正面の階段を登った。一般の人が出入りできるのはこの正面入口だけだったから、ここに閉じこめたのなら掴まえたも同然だ。
「ウィズ。シルトに逃げられないようにここで張ってて。けど、いい? くれぐれも無茶はしないのよ。シルト、ああ見えても街一コを軽く撃滅できる魔力があるから」
「了解」ウィズは素直に返事をして正面入口の柱の近くに佇んだ。
そして、セレスは駆け出した。このテレネンセス大聖堂が建設されたのは千三百年代初頭のこと。協会の聖都ともいえたシメオンの廃墟化を受け、テレネンセスが奇跡の復興を遂げた。大聖堂はその奇跡の復興の証ともいえる巨大な建造物だった。だから、非常に広い。一般人の立ち入りが許されるのはそのうちのごく狭い範囲ではあるが、それでも嫌になるくらい広い。回廊も狭く、部屋もたくさんある。曲がり角が多くて死角になる部分も多いので、かくれんぼにはもってこいなのだ。しかも、シルトが駆け込めば立ち入り禁止の立て札やロープなどあってなきが如し。大聖堂全てがかくれんぼ広場なのだ。
「……シルトが行きそうな場所……場所。……厨房?」
に行く前に、セレスは事務局に飛び込んだ。とりあえず、聖堂全域を回れる許可をもらわないと、後々、面倒くさいことになるのは判っていた。セレスは一応、聖堂の関係者に顔が利いたので、許可は渋々ながらもらうことは出来た。となれば、あとはシルトを発見するだけ。が、壁と柱だけで構成されるのかと思うほどのこの場所で、シルトを捜すのが最大の難関なのだ。
セレスは駆ける。
ついでに、ウィズは正面入口横の柱に寄りかかり、退屈のあまりに大あくびの真っ最中。
セレスは立ち入り禁止の札を押し退けて、聖職者オンリーの領域に踏み込んだ。シルトなどはそんなことはお構いなしにその先に突っ込んで行ってるに決まってる。そう思えばこそ、許可をもらったとはいえ、出来る荒技だった。
「食い意地が張ってるから、絶対いると思うんだけどなぁ」
時刻も時刻、昼食の準備に追われるこの時間、厨房から流れ出る香ばしい香りに誘われてシルトは厨房を目指しているのではなかろうかと考えた。色気よりも食い気。自分の存在をかけた探し物真っ最中とあろうとも、食べ物の誘惑には勝てないのだ。それがシルトだとセレスは認識していた。
「いないかなぁ?」
一人、こちゃこちゃと呟きながらセレスはゆく。と、
「よっしゃぁっ! ビンゴぉ!」
セレスは厨房の入口にシルトの後ろ姿を発見した。あまりの嬉しさに声もでかくなる。お淑やかに歩くのはもうやめて、形振り構わずに全力疾走。ここで掴まえねば、後々に禍根を残すというものだ。セレスはシルトの背後を取ると、肩をガッと勢いよく掴まえた。
「うわっ、何? 誰っ?」シルトが怖がった顔をして振り返った。「……何だ、セレスか」
安堵して、シルトはほっと胸を撫で下ろす。
「何だって、何よ。……ま、それはいいや。――あった?」
とりあえず、セレスは尋ねた。けど、シルトの顔色から見付からなかったことはうかがい知れていた。朝、家から出て暫くの元気はどこへやら、シルトはすっかり静かになっていた。が、
「何が……?」すっかり忘れているらしい。
「……何がって、キミは。アミュレットでしょ?」呆れてしまう。
「あ――。ううん……」シルトは首を横に振る。
「そっか……。じゃあ、次だね。――諦めるにはまだ早いよ。必ず見つける」
そう何度、口に出してきただろう。妙な説得力のなさがセレスの胸を締め付けた。しかし、感傷に浸る暇もなく、ちゃっきーがシルトの頭上に姿を現した。
「へい、セレっち。何、しょげてるんだい? てめぇらしくもない。てめぇはいつだっての〜天気、悩み事なんてまるでなし、ど〜んな時でも朗らか朗らか、上機嫌でなくちゃよぉ」
「何を言ってるか、キミは」
と、セレスが憤慨するもちゃっきーは全く聞いていない。
「テレネンセス一の元気っ娘がこの様たぁ、目も当てられねぇな」どうやら、ちゃっきーはこのがっかりしたような暗めの雰囲気に不満があるようだ。「セレっちはこの際、どうでもいいさ。しかぁし、おいら最愛の闇の精霊とあろうお方が元気nothingのなよなよじゃぁ、イヤなのっ!」
ちゃっきーは握り拳を作って力説するが、いまいち理解できない。
「そんじゃ、こうしましょうか。心機一転、噴水のある公園を目指せっ!」
「Yes! Sir!!」ちゃっきーはシルトの頭の上で気を付けをし、セレスに向かって敬礼をした。
「……楽しそうに見えてりゃ何でもいいのかい。現金だね、あれも」
「何か、言ったかぁい、セレっち。聞き捨てならねぇなぁ」
「炸裂トーキングマシンな上に地獄耳とは最悪だね」率直な感想を述べた。
「そらぁそうさ。おいらの耳は何でも聞こえるのだ。一キロの先の針が落ちた音だって聞き逃さないじぇ。そちて、お喋りにはいざと言う時のために無限ループ機構を搭載。万が一のネタ切れの際は過去数百年にも及ぶライブラリより珠玉のエピソードをぉ〜」
「もお、いいよ」
セレスはちゃっきーの相手が面倒くさくなった。ひょいと手を伸ばしてちゃっきーの胴と思しき場所をひっ掴むと適当な鍋を目掛けてぶん投げた。ちゃぽん……。
「――あっちぃっ! か、身体がとろけちゃう〜」ちゃっきーはそのまま鍋に沈んだ。
「一丁上がり。さて、シルト。時間もあまりないから、急ご?」
「――うん」シルトは淋しげな眼差しでセレスを見上げ、再びトトトと走り出した。
狭い廊下を駆け抜けて、今度は出口を目指す。昨日よりはずっと条件は緩いと言っても、駆け足に一日付き合わされるのは正直なところ辛かった。セレスはシルトより遅れるところ数メートルのところ。ウィズにはシルトしか見えず、セレスは眼中になかったらしい。
「待て、シルトっ!」シルトの前にウィズが逃がすまいと立ちはだかった。
「あっ、まずいっ」セレスは呟き、さらに、ウィズに注意を喚起させようとしたが、すでに手遅れ。
「ワタシの邪魔をしないで」その赤い瞳は真面目モード全開に閃いていた。
ウィズはまだ、シルトの本性を知らない。闇の精霊だと言うことは知っていたけれど、見てくれと同じくその秘めた魔力もまだまだお子さまだと思いこんでいるのだ。ウィズも人間としては魔法の上級者だったから、それなりに高度な魔法を使うことが出来た。だから、余計に甘く見てしまうのかもしれない。
「どいてっ!」シルトは厳しい口調で言い放つ。
しかし、ウィズはセレスの頼み通りに、避けるつもりはさらさら無い。
「……闇の精霊・シルトが命じる」赤い瞳をより真紅に染めて、決まり文句を唱え始める。
「ウィズ。逃げてっ! 逃げてっ」セレスは怒鳴った。しかし、ウィズは気にもとめない。
「喰らえっ! ダークネススピアっ!」叫びながら、シルトはターゲットをウィズに定めた。
「ああっ、もう!」
セレスはさらに加速した。このままの速度では間に合わない。限界を超えて、足がもつれそうになる。しかし、ウィズを無傷で救うためにはそれもやむを得ない。そして、立ちはだかるウィズにタックルをかまし、押し倒した。刹那、セレスの背中とウィズの顔面をかすめて、何かが飛翔していった。それを見るにつけ、ウィズは顔面蒼白、言葉を失った。
壁に数十本にも及ぶ魔力の槍が突き刺さり、あるものは壁をえぐり、貫通しているものもある。
「だから、無茶はするなっていったのに。少しは人の話を聞けっ」
「いや、だって、幾ら何でも、あれは言葉のあやだと思うだろ? フツー」
「シルトに限ってはそうじゃないのよ」
と、言ってるそばからシルトが二人の横を駆け抜けて大聖堂の外へ出て行った。
「ほら、またっ! ウィズ。先、行ってるから」
セレスは立ち上がると、ウィズをそっちのけでこれで何度目かの追いかけっこの続きを始めた。いい加減にして欲しいのだが、そうは問屋が卸してくれない。セレスはげんなりしながら、シルトを追う。走るはテレネンセスの住宅街。目指すは噴水のある公園。
「……今日も結局、お昼ご飯、抜きかぁ〜。腹減った――」
口を開けば、ぼやきか愚痴しか出てこない。シルトのためとは言ってもそれを支える精神力には限界がある。セレスの行動力は食い気に左右されると言っても過言ではないので、お昼が過ぎてお昼ご飯抜きのこの現状は致命的なことに間違いない。
「シルトぉ、噴水のある公園ってどこよぉ。そこでベンチにでも腰掛けて、一休みしない?」
「もお少し」シルトは追い付いてきたセレスをちらっと確認すると、そう言った。
「キミのもう少しって、当てにならないのよね」
「当てにしてくれなくたっていいもん」ちょこっとムッとしたように拗ねた口調。
「あやや、別に悪口じゃなくてね」言い訳がましくなってしまう。
「悪口とは思ってないよっ」
素っ気なくシルトは答える。そう言う時のシルトは大概、機嫌が悪いのだ。セレスはちょっぴり困ってしまった。拗ねた子供の扱いにはいまいち慣れていないのだ。そんなことをシルトに言えば大憤慨するだろうけど、事実は事実で、それ以外に形容のしようがない。
「お〜い。待ってくれよ。全く、足が速いぞ、お前ら」ウィズも追い付いた。
「これがフツー。キミが遅いの。ね、シルト?」
「そゆことよ、ウィズ。もっと、もぉっと頑張らないと、ワタシみたいになれないのよ」
「あ〜? どういう意味だ、それ?」ウィズの理解の範囲を超えて、意味不明。
と、そこへ黒い翼の厄介者が現れた。
空からストンと、何の前触れもなく、その気配を気取られることなく。
「ふっふっふ。捜したわよ、セレスっ! こぉんどは不発だなんて、恥ずかしい真似しないんだからね。パワー全開、あたしの渾身の一撃を喰らっていけぇ」
「……迷夢も懲りないって言うか、めげないって言うか、……変なところで情熱を燃やすようなしつこい性格してるよね」セレスは疲れた眼差しを迷夢に向けた。
「うるさいなぁ。いいじゃん、ねぇ?」迷夢はひょいと横を向いて、シルトを覗いた。
「えへへぇ」すると、シルトが照れ笑いを浮かべる。
「な? キミたち、いつの間につるむようになったのさ?」
セレスは期せずに目を白黒させて、狼狽えたようにシルトを指さした。
「うん。結構前からだよ」シルトは言う。
「初めてあった時は“何だこいつ”って思ったんだけどさぁあ? 話してみるとこれがまた意外に気が合うことが判っちゃって、意気投合。以来、友達よ」
「……迷夢とシルトに共通点があったなんて、そらまた意外なことで……」
「キミにはそんなこと、言われたくないぞ」迷夢は両手を腰に当て、ぷ〜っと膨らんだ。
「――」それをセレスは横目でちらり。「……フグみたい」
「むっ! 何でもいいから、喰らえっ! 新説、クラッシュアイズ!」
「ウィズ、ごめんっ!」セレスはウィズの腕を引っ張って、自分と迷夢との間に立たせた。
その次の瞬間、ひゅいんと風を切るような小さな音が聞こた。迷夢の正面に一本の白い線が浮かび上がり、回転しながら一メートル弱の魔法円を形成する。今度は不発ではないようだ。
「行っけぇ!」
迷夢は魔法円の完成度に満足し、意地悪な微笑みを浮かべウィズを見澄ました。気分さえすっきりしたら、ターゲットなんか誰でもいいのだ。その次には、ガッと瞳が開き、目も眩むような閃光がほとばしった。
「ちょっと待て、お前ら、俺に死ねってのか? 迷夢の魔法なんか喰らったら……」
「大丈夫。ワタシがいるよ」瞬間、シルトと迷夢の瞳が出会い、互いにニヤリと笑いあった。
「闇の精霊・シルトが命じる。闇の対局、光に応ずる漆黒の盾よ、我が前に姿を現せ」
刹那、まるで漆塗りのように黒光りする漆黒の盾が虚空を突き破って実体化した。ギリギリ間に合った。それがウィズの直前に出来上がった瞬間、迷夢の放ったクラッシュアイズが盾に直撃した。が、支えを持たないそれは迷夢の魔力に押され、ウィズにぶち当たった。その衝撃はクラッシュアイズを直に喰らうよりも何百倍もましだとはいえ、半端ではない。
「あぁ! ウィズ。何で、ちゃんと支えないのよぉ!」シルトが憤慨する。
「空中に固定されてるもんだと、てっきり……」ぱたり。
「そんなわけないでしょ。シルトに限って。魔法って言ったって物理法則は無視できないのよ。デュレに言われたことなかったっけ? 魔法は万能じゃないってさ?」
セレスはしゃがみ込んで、地面に横たわってしまったウィズをつんつんと突っついた。
「……魔法、魔法……? あっ、ジャンルーク!」
何かを思い出したのか、シルトは魔法学園長のジャンルークの名を呼ぶと駆け出していった。
「うわっ。もう、いい加減にしてよ」セレスは瞬間、どうしたものかと頭を悩ませた。お昼も過ぎたことは確実で、そろそろデュレとの約束の時間が迫ってきてるはずなのだ。報告書の提出を終えたデュレと市庁舎前の広場で待ち合わせをしているのだ。「ウィズ。ウィズ。ちょっと、いつまでも寝てないでよ。今、何時?」
「――一時半だな」辛うじて声だけを振り絞った。
「うわっ、やっば〜。そろそろ行かないと、デュレにどやされちゃう」セレスはちょっとだけ狼狽えたように言った。「ウィズ、いい? 動けるようになったら、すぐ、シルトを追うの。頼んだよっ!」声だけを残してセレスは爆走。
「――頼まれても、すでにシルトは行方不明だぞ。どうしたらいいって?」
と、力無く尋ねるウィズの前にセレスの姿はなかった。そして、忍び寄る黒い影。
「あたしと一緒に空から捜してみない? きっと、楽しいよ?」
ウィズを独り占めにしておもちゃに出来る喜びを噛みしめて、迷夢がにじり寄った。
*
一方その頃、デュレは久須那の研究室を訪れていた。徹夜で、半分ふらふらしていたから、これで合格点をもらえなかったら、眠さのために帰途につく間もなくひっくり返ってしまいそうだ。
久須那は用紙何十枚にも及ぶデュレの報告書を黙々と読み続けた。デュレはその様子を神妙な面持ちで眺めていた。久須那は報告書を読み終えると、トントンと書類を揃えると机上に置いた。
「……流石はデュレだな。そして、書き直した甲斐があるぞ。……成績は……優。ひ〜ひ〜言わせて書き直させてよかったな?」久須那はクスッと微笑んだ。
「じゃ、あの、帰って仮眠をとってもいいでしょうか? 倒れそうです」
デュレは額を押さえて、ヨロヨロとよろめいていた。
「徹夜一日でか? 闇の使い手ナンバーワンと恐れられるデュレも意外に脆いんだな?」
「それも全力を出し切れたらの話ですよ」
「そうだな。それで、シルトのアミュレットは見つかったのか?」
「いえ、それがまだなんです。今日もセレスが頑張ってるはずなんですけど――」
「そうか……。ならば、これを持って行け」
久須那は机の引き出しを開いて、小さな白い水晶のかけらをデュレに手渡した。
「まさか、これ!」デュレはそれを見て、勢いよく視線を久須那に差し向けた。「ゼフィの欠けらがこんなところに。いえ、久須那さんが持っているんですか? だって、わたしがペンダントを受け取った時には嵌っていなかったし、それにそれは――」
「リボンちゃんが持っていたはずだった」
「ええ、そのはずでした……」
「ジーゼが持っていたよ。頼まれたんだって。同じ時代に同じ物があってはいけない。強大な魔力を有するから互いに共鳴して壊れてしまうんだと。だから、あそこで見たのはあっちの物だ。それが今、デュレの手のひらにある。もし、自分が帰ってこなかったら、デュレに渡せと」
「それがどうして、今、ここに?」
「この間、遊びに行った時に渡されたぞ。ようやく、気持ちの整理がついたってね。それに、最近、お前たちはジーゼとクリルカのところに行ってないだろ? だ・か・らだ」
「お、怒ってました?」
「いいや、特には。けど、覚悟はしておいてね♪ と言っておいてと笑顔で言われた」
ジーゼが笑顔で、しかも意味ありげな優しい口調で何かを言った時は危険な兆候の表れなのだ。それはセレスがデュレに対して抱いている感情と同じで、そうなった時のジーゼは不穏なことこの上ない。
「わ、判りました。シルトのアミュレットが見付かったら必ず、週末にでも……」
「手ぐすね引いて待ってると思うぞ。そう、それから判ってると思うが」
「ええ、万一見付からなかったら、これをシルトに持たせておけば……」
「そう言うことだ。数日から一週間は何とかなると思う」
「ありがとうございますっ!」
デュレはお礼もそこそこに久須那の研究室を飛び出した。時刻はすでに一時を回ってセレスとの約束の時間が迫る。セレスの手前、遅れるワケには絶対にいかないのだ。
「フフ。相変わらず忙しない二人組だな」思わず微笑みがこぼれ落ちる。
そして、久須那は報告書をペレペラとめくって、最後のページに再び目を留めた。
「デュレをいじめないでね……か。思いの外に健気で他人思いなんだな。――セレス」
久須那はデュレの報告書にひっそりと書き記された気持ちに思いを馳せた。
*
パタ。パタパタ。苛立たしげに響く足音。テレネンセス市庁舎前の掲示板の前を行ったり来たり。
「あ〜もう、デュレ、まだなのかなぁっ!」
「ごめんなさい。遅くなりました。……シルトは?」
「やっと来たぁ。全く、何やってるのよ。時間厳守のキミがこんなんじゃ先を思いやられるわ」
「だから、ごめんなさいって言ってるでしょ。少しくらいはわたしのこと考えてくれたって――」
「考えてる。一応ね。……けど、あたしはシャイだからってね」肩を寄せ、ニヤリ。「そんなの、あとあと。それより、学園。学園に行くよ」
「どうして、シルトが学園になんて用事があるんですか?」
「さあ? あたしじゃなくて本人に直接、訊いて。ま、だけど、その肝心の本人がいないから知りようがないんだけどさ。今回はデュレのせいだからね。報告書を出して、それまでにアミュレットが見付かってなかったら二時に待ち合わせだなんて言うから、逃げられちゃった。『あっ、ジャンルーク』って言ってそれっきりよ」
「……まるで鉄砲玉ですね」
「だから、昨日から言ってるじゃない。デュレだって。一つのことに夢中になったら他のことなんて全部、吹っ飛んじゃうんだって。まさに、その通り。もぉ、やになっちゃう。けど、学園長なら……学園ならあり得るのかなって思った」
「何がですか?」
「うん? 別にわざとじゃないんだろうけど、ほら、デュレ。魔力的に隔離された場所とか何とか言ってたじゃない?」
「ええ……」デュレはセレスが何が言いたいのか瞬間、理解できなくてキョトとしたように言った。
「ここ、種々雑多な魔力に覆われてるからシルトが自分の魔力の痕跡を関知できなくても当然かもしれないと思ってさ。ほら、あの娘、雑念が多いでしょう? シルトの底力からして本気になれば雑作もないだろうけど、集中力欠きまくりだから、シルトって――」
「あり得ない話ではないですね。もしかしたら、学園長が拾って、探しに来るのを待ってるのかも」
「そこら辺はどうだか。学園長のことだから、笑顔で悪戯を仕掛けてくるのかと思ったりね」
セレスは朗らかに笑っていた。
文:篠原くれん 挿絵:晴嵐改
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