12の精霊核

←PREVIOUS  NEXT→

37. woman of clairvoyance(千里眼の女)

 その瞳を持つ者は遠い未来まで見通せるという。黙っていると持ち主の関わる重要な局面を選別し、行く末を見せるのだと。主と運命の交錯する者たちの未来を見せるのだと。だから……。
(わたしは知っていた。遠く、イヴリーヌ。かつてリテール全域を領土に組み込んだという魔法王国の遺跡から見付かったそれを手にした時から……。……堅く閉ざされた万里眼の瞳とココロを解きほぐし、“先”を知った)
 万里眼を持つ女は翼を持つ女と共に空にあった。
(幾多の出会いと別れ、裏切りと友情。甦った万里眼との盟約。人に話してはいけない。わたしが譲り渡すと決めたたった一人を除いて、万里眼が何なのか教えてはいけない。目玉しかないのに、幼気な表情を持つそれにわたしは心を奪われた。本当は知っているのに、何も出来ないでいる無力さも、つらさもあった。……今でも、思う。盟約を破棄してでも、行動に訴えるべきだったのではないだろうかと。万里眼の裁きを受けようとも怯まず、白日の下に全てをさらせば……)
 女の意識は深く、万里眼を手にした時の若かりし日を思い出す。
「ねぇ、シェラ。さっきっから黙りこくってどうしちゃったの?」
 ひどく遠くから、心配そうな女の声が聞こえるが、それは意識の外に消えて流れた。
(……万里眼は全てを見透かす。わたしの行く末も、この世界の片隅で知るもののほとんどいないだろう行く先も。そして、自身の行く末さえ万里眼は知っている。……この娘の手のひらに万里眼は乗っている。わたしが迷夢に譲り渡すと決めたから、万里眼はわたしにそれを知らせたのか。それとも……? 誰の思惑にも寄らず、あなたがそう願ったのでしょうか……?)
「シェラぁ? 無言はやめてよねぇ? つまんないしさぁあ。空の旅は楽しくないと」
 迷夢が業を煮やしたかのようにちょっとだけ不満そうに言った。その最後の言葉がシェラの脳裏に引っ掛かって、我に返った。“楽しくないと”ずっとずっと、昔に誰かが言った。ものは見方で何でも楽しくなるんだよ。実際、そんなことはなかったけれど、苦難が訪れた時にはその短いフレーズを思い出して何とかやってきたのもホントのことだった。
「あら、ごめんなさいね。……昔のことを思い出してしまって……。そう、あとで迷夢に渡したい者があるんだけど、もらってくれるかしら?」
 万里眼の鳶色の瞳は何を見せてくれるんだろう。

 シメオン、街中のカフェ。デュレとセレスはどうにかこうにか地下室を抜け出していた。ひどくげんなりしていたけれど、辛うじてどうにかなってると言うのが二人の現状だった。
「……千里眼……欲しいですね……?」デュレは呟く。
 こう言った命に関わるような事件が多発すると未来の全て見透かせるアイテムも欲しくなる。
「千里眼? って何?」セレスがちょっぴりキョトとして言った。
「知らないんですか?」デュレは呆れてしまって額を押さえて、首を横に振った。「千里眼とは……遠い所の出来事、人の心を直感的に知る能力のこと……よ。全く……」
「つまり、リボンちゃんみたいな能力って事?」
「まぁ、おおよそ、そんなところでしょうね。多分」
「多分? デュレが多分だって。お〜、キミが自信なげに言うなんて珍しいよね?」
「だ、だって、リボンちゃんのことはよく知らないから。彼のことはセレスの方が詳しいでしょ」
「あたしも知らない」えへへと笑う。「あの子さあ、自分のこととなると全然、喋ってくれないんだよね。ついこの間、みんなの前で色々喋ったでしょ? あれが初めて。何だかんだ、ぶつぶつ言いながらも、四時間も、五時間も喋っていたでしょ。しかも、それなりに楽しそうに」
「そう、ですね」楽しそうにと言う点についてはデュレも同意できる。
「なぁ〜んか、納得できないのよねぇ、あの野郎っ」ギュッと握り拳。
「それじゃ、リボンちゃんがあまりに可哀想だと……」
「いいのよ。あんな奴」セレスはジロッとデュレを睨んだ。「バッシュ一筋だったなんて一言も言ってくれなかったし、父さんを知ってるなら最初からそうだって言ってくれても良かったのに」
 つまり、一言に要約するとセレスは拗ねているのだとデュレは結論した。
「しかし……、今更、悪態ついて、愚痴をたれても始まりませんよ。知られただけでも良かったことにしておかないと……。今後、後悔することばかりになるのは請け合いです」
 と言って、デュレはにやにやしながらセレスの頬を人差し指でツンと押した。
「ぅにゃぁ。もぉ、後悔しまくりなのよ。これから一つや二つ増えたって大したことない。これこそ今更って気がするけど、あたしは高名トレジャーハンター・セレスちゃん。キミは魔法のことなら右に出るものなしのダークエルフのデュレちゃんでしょ? 二人が組めば怖いものなし!」
「ついちょっと前まで、死にそうな目に遭ってたのに何で、こう、緊張感ゼロなのかしら? ……セレスって、だんだん、迷夢に似てきたような気がするけど、気のせい?」
 気のせいでも何でもいいから、黙っていて欲しいのがデュレの本音なのだ。とそこへ、げっそりとした風体でリボンが姿を現した。
「……どこに行ったのかと思ったら、こんなところで落ち着いていたのか?」
「あら、どしたの、リボンちゃん。ホンのちょっとしか経ってないのやつれちゃって」
 のほほんとした口調でセレスが言うと、リボンはかなり激しく気分を害されたようだった。まるで、子供に返ってしまったかのようにリボンはちょっと膨れっ面になってセレスを睨んだ。
「……やつれもするだろっ! ――どうせ、絵は……盗られたんだろ?」
「ご明察」否定するのでもなく、デュレは至って冷静にサラッと受け流した。
「だからだよ。……お前らを見つけるまで思い悩んでいたんだ。オレの美しい毛並みから光沢がなくなって、抜けたり……円形脱毛症にでもなったらどうするつもりだ」
「どうもしないぃ〜〜」セレスは楽しげな笑みを浮かべて、リボンの頭を小突いた。
「やめろ。いい加減にしないと噛みつくぞ」
「……キミは噛みつかない、絶対に」セレスは身をかがめて、さらにリボンの鼻先をつつく。
「ああ、そうだよ。どうせ、オレは甘ちゃんだからな、何もできんの」
 リボンは不機嫌そうに、けれど、内心では微かに嬉しそうな表情を浮かべていた。
「そうですか、本当に?」クスリ。「しかし、それはまた後の話ですね。今は……十六世紀のメンバーが揃ったところで、最初で最後の作戦会議といきませんか?」
「……お前がそんな冗談めかした物言いをするとは思わなかったな。もっと堅物だと思っていた」
「では、これからは考えを改めてください」
「そうだな」リボンはスッと目を閉じ、再び開いた。「そうしよう……」
「ねぇ、デュレ? 地下墓地大回廊に行かない?」
 二人の珍しいやりとりを聞いていたセレスは二人の会話が途切れた瞬間を狙いすまして、突然の提案を果たした。アルタの指定してきた日にちまで約二日。それまでの経過は現状では不明ならば、何らかのアクションを起こすのが最良の策だとセレスは読んだ。
「どうしてまた、急にそんなことを?」
「判んない。けど、アルタはGem 24に待つって書いてきただけで、いつ行けとは指定してきてないよね? だったら、先手必勝よ。役者が全員集まってしまう前に辿り着いて、いろいろやってしまえばいいと思うんだ」
 とのセレスの発言を受けて、デュレはしばし考えを巡らせた。地下墓地とは抜け落ちたキーワードの一つなのかもしれない。そんな考えがフと頭をよぎっていった。
「……リボンちゃん? もしかして、久須那の絵はあそこにあるんですか?」
「……ああ、多分な。レイヴンはマリスとつるんでるから。――そう言った人気のないところに封印の絵を持って行き、……まぁ、何を企んでるかまでは計りかねるが、オレたちにとってはあまりいいこととは思えないな」
「……今日のリボンちゃんは妙に他人行儀ね? さっきまでは燃えて消し炭になりそうな勢いだったのに。どういう風の吹き回し? もう、絵はどうでもよくなっちゃったんだぁ?」
 セレスは何の気なしにリボンの尻尾をギュウと踏ん付けた。
「コラっ。この悪戯盛りのお転婆娘め。絵がどうでも良くなる訳はないだろ? あれはシェイラルから託された大切なものなんだ。オレたちの……お前たちの未来と言っても過言じゃないんだ」
 一見すると怒っているようだけど、リボンは今にも泣き出しそうなほどの悲哀さを秘めていた。
「リボンちゃん、わたしは判っています。セレスのことは放って置いてもいいですから」
「ちょっと、ちょっとぉ。それは非道すぎるんじゃないのぉ。デュレぇ?」
 セレスはリボンの傍に寄せたデュレの頭を肘でつんつんと突っついた。
「やめなさい。セレス。やめないと、リボンちゃんが噛みつくくらいじゃすみませんよ?」
「あ〜、しゃあないなぁ。じゃあ、地下墓地大回廊ってどこにあるか、リボンちゃん、知ってる?」
 下手に食ってかかると深い墓穴を掘ることは心得ていたから、セレスは話題を逸らす。
「正直言おう。知らんっ」リボンはプイッと反対側を向いた。
「何ぃっ! 何でキミが知らんのだっ!」セレスは驚きを通り越してショックを受けた。「だって、地下墓地って確か、聖職者の墓場でしょ? シェイラル……さんとか、レルシアぁ……さんとか、その他諸々、シェイラル一族のみんなというか、協会に関わったのはそこで眠ってるんでしょう?」
 セレスはギャーギャーと喚きながら、リボンに詰め寄る。
「いいや、かの一族はそこには眠っていない。テレネンセスか、エルフの森のジーゼの元に」
「何故……ですか?」デュレがすかさず間にはまる。
「何故……かな?」リボンはくるっと目をそらせて、はぐらかそうとした。が、思い直したかのように続けた。「シェラに聞けば最もよく判ると思うが……。シェイラルはテレネンセスの出身。レルシアもそうだろう。……オレはよく知らないが、協会レルシア派には協会の地下墓地に入れなかった、入らなかったかな? ま、色々複雑な事情があるのさ」
「そうは言うけどさ、リボンちゃん。協会レルシア派と言えば、主流派でしょ。当時はどうだったか知らないけど、それがこんな不当な扱いを受けてていいワケ?」
「良くはないと思うがな。オレは所詮は門外漢だった。打つ手なし。ついでに付け加えておくなら、彼ら一族は廃墟となったテレネンセスにも誇りを感じていたし、何より、ほとんどみんな、ジーゼと仲が良かったからな。そういうことだ」
 どういう事なのか、デュレは当然詰め寄りたかったけれど、どうにか思いとどまった。リボンが少しは話してくれたとはいえ、大筋をはぐらかそうとするには複雑怪奇なワケがあるか、このカフェでお話しするには都合の悪いことが含まれているのではと思ったのだ。
「……あら?」唐突にセレスが上を向いて、声を上げた。
 しばらく、リボンを注目していたら、尻尾の辺りにすっと全く気配を感じさせることなく男の足が現れたのだ。どこかで見たようなズボンと靴。デュレとリボンが二番手になって見上げると。
「――サム、リボンちゃんと一緒じゃなかったんですね?」
「あぁ? いねぇ、いねぇと思っていたらこんなところにいやがったぜ。しっかしよぉ、てめぇら、しけた面の雁首をそろえて何やってるんだ?」リボンと同じくサムがフラリと姿を現した。
「サム? どこに行ってたんだ?」リボンが言う。
「それは俺の台詞だろ? てめぇ。腕から下りたと思ったら、とっととどっかに行きやがって。丸一日、レイアを探す羽目になったかと思えば、今度はてめぇだぞ? 最低だ」
「じゃあ、最低ついでに地下墓地まで案内してもらおうかなぁ。キミなら知ってるでしょ。協会魔法騎士団長・イクシオン閣下どの?」
 セレスは幾分茶化したように言う。
「はぁ? 状況がよく判らないんだけどよぉ、だれか説明してくれない?」
 サムのおどけた問いに答えるものは誰もいず、代わりにリボンがにやにやとサムを見詰めていた。

 今日は非常にいい天気。ぼちぼちアイネスタの街並みも視界に入り、迷夢の目的地まで後少し。アイネスタの知り合いにシェラを預けたら、自分はシメオンに取って返して魔法の支度を可能な限り速やかにすませなければなら勝った。けど、迷夢の脳裏には他のことが派手に渦巻いていた。
「アイネスタ。アイネスタ。……ねぇ、シェラ……?」
「何ですか、迷夢?」迷夢の腕に抱っこされたシェラは答えた。
「正直なところ、どう思ってるの? この数日……一週間くらいの濁流みいな物事の流れ。みんな、押し流されていって振り返ってる暇もあまりないでしょう? だから、シェラはどう思う? キミが一番、外からこのことを見られてる気がするんだよね。違うかな?」
 迷夢は包み隠すことなく率直に問う。
「そうかもしれませんね」微かに憂えた顔をシェラは見せた。
「まぁ、全くの無関係だぁとは言う気はないんだよ。でもね。シェラが一番遠巻きに見てる……。違うか、あれよ、あれ。輪の内側にいるのに外から見てるような……、えっとぉ――」
「……客観的にですか?」
「そうそう、それ」
「そうですね……」シェラは一息を置いて優しい口調で話した。「例えば、こう考えましょうか。わたしたちは歴史という大河、大海を渡る一艘の小舟。急流もあれば、流れ穏やかな場所もあり、滝もある。海ならば時化たり、凪いだり、津波もあるかもしれません……」
 迷夢はシェラのゆっくりとした語りを珍しく静かに聞いていた。
「しかし、為す術もなくただ流されているのではありませんよ」
「うん。それは判るつもり」迷夢は言う。「あたしだって、ただ見ているだけは嫌。色々なことに首を突っ込んだり、悪さもしてる。……でもね、たまに思うのよ。あたしのしてることは何なんだろうって。あたしは……本当は何がしたいんだろうって」
 迷夢はずっと眼下に壊れた城壁から漏れ出すように広がる郊外の街並みをぼんやりと眺めていた。
「あなたは……判っているはずです」
「判っているのかな……?」迷夢は自信なさげに小さく言った。
「えぇ。きっと。迷夢の目を見ていたら判りますよ」シェラは静かに優しく言う。「例え、今、惑っているとしても、心の奥底ではやるべき事が見えています。今のあなたは気付いていないだけで、未来のあなたは解答を得ているはず……」
 迷夢が困ったようにしている空気をシェラは感じ取った。
「――迷夢は異界ではなくて、この世界に居場所を作りたいと言ったら判りよいかしら……?」
「うん。そうかもしれない。って言うか、そうなんだけどね。あたしはここに居たいから、今までこうしてきたんだと思う。でも、それだけじゃない。あたしはあたしのためだけにここに居たいんじゃないんだ。――今は……、ゼフィや、サスケの思いに報いるために……」
 迷夢は自分の左腕につけたウロボロスの腕輪をそっと見澄ました。
「それはそうとして、……そろそろ、一休みしませんか?」
「あっ。ごめんね。つい、いつもの調子で頑張っちゃった。長めの空の旅はシェラには辛いか。うん。判ったよ。アイネスタももう近くなんだけど……」
 迷夢は空から見下ろして、アイネスタの郊外にこぢんまりとした茶店を見つけた。
「あそこにしようか?」迷夢は呟くように言うと舞い降りる。
 スーッと何ら、迷うことも考えることもないかのように。迷夢はシェラを抱っこして、店内に連れ込むと、奥の席に座らせた。そして、迷夢は厨房を覗き込むと言った。
「こんちわ。おばさん? お茶とお茶菓子、何でもいいから、適当に見繕ってちょうだい?」
 厨房の奥からは来店の挨拶と陽気な返事が返ってきた。迷夢はその声に安心したかのように疲れた顔にホンの少しだけ明かりが灯ったような表情になった。
「迷夢……」シェラは迷夢の名を呼んでしばし黙った。
「なぁに、シェラ?」
「迷夢、これをあなたに……」
 シェラは首筋から服の内側に手を突っ込んで、丸い物体を一つ取り出した。それは手のひらにちょうど収まるくらいの大きさの丸い玉で、鳶色の瞳をした目が覗いていた。
「何、その、目玉のお化け見たいのは……?」
 迷夢はその目玉を指さしつつ、柔和な表情を見せるシェラを見詰めた。
「万里の彼方を見通し、未来を知る道具、万里眼です」
「万・里・眼?」一瞬、キョトン。「千里眼じゃなくて?」
 迷夢はシェラが悪い冗談を言ってるように思えてならない。鳶色の瞳をして目玉と言っても、ともしたら、少しばかり特殊な加工を施したガラス玉にも見える。しかし、ガラス玉と呼ぶにはそれはかなり柔らかそうな印象を迷夢は持っていた。
「……千里眼でもいいのかも知れませんね……。しかし、それを作った人は万里眼と名付けたんですよ。千里眼よりもずっと遠くを見渡せるように、万里眼と……」
「ふ〜ん? ま、そりゃいいわ、どうして、あたしなの? デュレやセレス、リボンちゃんの方があたしなんかよりずっと、ずっと、信用、信頼できるんじゃないの?」
「……迷夢なら使いこなせるんじゃないかと思って」
「は〜ん? だって、そんなの変じゃない? 未来を知る力……というのなら、リボンちゃんの“予兆”だって同じなんでしょう? それなら、彼にあげればいいじゃない? あたしじゃなくてさぁあ?」迷夢はほとばしる疑問をそのままシェラにぶつけた。
「あなたは……サスケの能力を受け継いだんじゃありませんでしたか?」
「うん、でも、けど。全然、大したことはないんだよ。どんな時も、ただもやもやとハッキリしなくて、いつも霞の向こう側。サスケは……『お前の生ある限り共にある』と言ってた。そして、……そう、遠退く意識の向こうでサスケの声が聞こえたの……。口元だけが動いて、何を言ってるのか今までずっと判らなかった。けど、そう言うことだったんだ。『必要以上に知ろうとするな』ま、知ろうと思っても、何もどうにも出来なかったんだけど……さ」
 と、迷夢はシェラに渡された万里眼を見た。すると、万里眼は瞳をくると動かして、迷夢と目を合わせた。それから、妙に可愛らしい雰囲気でパチパチと瞬きをした。
「……瞬きしたよ、こいつ」
「数ある魔法アイテムの中でも万里眼は特殊な部類に入りますよ……。いわば、一番的を射た言い方は……、恐らく、魔法生物」
「ちょっと、待ってよ。あ、あたしに生き物の世話なんか出来るわけないじゃない」
「大丈夫です。迷夢の魔力を少しだけ分けてあげれば、万里眼は満足です」
「で、これをあたしにどうしろと……?」
「使い方次第で何にでも化けますよ。万里眼を自在に使えれば、歴史を思うがままに渡り歩くことも可能です。つまり……、先を知ることはそれだけのリスクと責任を知っていながら負うことに他なりません。……万里眼で見えてしまった未来はもう、変えられないからです」
「それなのに、万里眼には意味があるの?」
「さあ……。しかし、迷夢はある程度まで見てしまったはずです……」
「だから、あたし?」
 そう言う迷夢に対してシェラは首を横に振るだけだった。
「ただ、これだけは言えますよ。デュレやセレスには荷が勝ちすぎ、シリアには最初から必要ないですし、レイアのことは……少しだけ見えていましたからね。彼女ではないことは確かでした」
「シェラって意外に、策士……と言うか、案外ずるいのね?」
「それ程でも」と言って、シェラはほほほと軽く笑った。そして、急に真顔になった。「わたしも老い先長くありませんからね。デュレに渡したアミュレットと同じに、万里眼にも後継者が欲しかっただけかも知れないですよ? 悪意ある者に渡るのだけは勘弁ですから」
「けど、幾ら悪意があったって、変えられない未来なら知ったからどうなるわけでも」
「大局が変わらないというのと、些細なことが変化するのは別のことです。変わらない限りは知った事実を利用、悪用が可能。少なくとも、そうやって身を滅ぼした人が幾人かいたことはわたしの知るところですよ。……迷夢なら、そんなことはないとわたしは思って」
「一つだけ、聞いてもいいよね?」迷夢は珍しく有無を言わせぬ口調でシェラに尋ねた。シェラは頷き、迷夢は続ける。「シェラは万里眼を使って何を見たの?」
「黒い翼の天使がわたしの前に降り立つこと……。それだけです。万里眼がハッキリと見せてくれたのは……。迷夢なら、もっと色々と見られるのでは? もちろん、知らない方がいい将来も含めて、あなたは知ることになります。極々最近のことから、ずっと何世代も先のわたしたちには触れることの許されない遠い未来まで。迷夢が望めば。ですけどね」
「万里眼……」
 迷夢は手のひらに乗った無垢そうな表情を見せる万里眼を見澄ました。何も知らない純真な子供のようにキョトキョトとしている時もあれば、何千年もの時を生き抜いた仙人のように落ち着き払い、何事にも動じないような雰囲気を湛えてピクリともしない時もある。
「その重責にどうしても堪えられない時はわたしの見立て違いですね……。……その時は迷夢の信頼できる誰かに預かり、保管してもらうことをお願いするか……。永遠にさよならしてください」
「でも、万里眼は自分の行く末でさえ見通してるんじゃないの? 道具と言っても生きてるというなら、自分の意志を持ってるのよね? こいつにも主を選ぶ権利があるんじゃなくて?」
「この子は迷夢を次の主に選んだのですよ。だから、今、この子は迷夢の手のひらに……」
 万里眼が自分を選んだのはどういう事なのだろう。迷夢はキョトとした眼差しをシェラに向けた。ステキな未来を告げるためか、それとも否か。例えどちらだったとしても楽しければいいかな。とも思うけど、今だけはそう言う訳にはいかないようだった。
“決戦がもうすぐ始まる”
 手のひらに乗った万里眼が迷夢にそう告げたのだ。