12の精霊核

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51. ending is begenning(終わりが始まる)

 気がついた時、デュレは瓦礫の街を走っていた。天気は晴れ。あの時のように嵐ではなかった。瓦礫の山はすっかり風化し、色んなものが朽ち果てようとしていた。でも、ここはいつなんだろう。デュレの脳裏を一抹の不安がかすめた。クロニアスは成功する保証はないと言っていた。もし、ここが出発した時点ではなかったら……。
 デュレはつばをゴクリと飲んだ。焦燥感を味わいながらデュレは駆けた。この時代がいつなのか見極めなければならない。それからでないと、行動はとれなかった。1292年に崩壊して以来、シメオンが再建されたという記録はない。紀元後以降、シメオンが蹂躙された記録もただの一度しか残っていない。つまり、少なくとも未来には戻って来られたのだ。
「……どうしたら、ここの年代を確かめられるか……」
 デュレは考えを巡らせた。
「町外れの発掘キャンプを探す……。あれなら、Leo 25までの二週間しか設置されていないし、なかったとしても新しいキャンプ跡が残っていたら、時期を特定出来るはず……」
 藁にもすがるような思いだった。瓦礫の崩れ具合から時代の判定を出来るはずもなく、セレスたちのキャンプを見つけられなかったら、波間に浮かぶ木の葉のような時代を今すぐには特定することなどできない。無論、テレネンセスやアイネスタ、或いはエルフの森のジーゼやクリルカを尋ねたら正確な日付が判るだろう。けれど、そんなに悠長に構えられるような時間の余裕はない。
 デュレはさらに足を速める。
 クロニアスが送り届けてくれたこの時代が自分の時代だと信じたい。クロニアスともう一度会えるだろうか。甘い顔はしないと言っていたクロニアスと再会できるだろうか。キャンプを探すデュレの頭にはそんなことばかりが渦巻いていた。
「――それとも、クロニアスの紫色で大きな精霊核を見つけた方がいい……?」
 しかし、それは現実的とは思えなかった。あれはクロニアスが精神の統一をして初めて姿を現したのだから。そして、何よりその切っ掛けたり得る時計塔の位置すらも判らない。
 そこまで思い至って、デュレはぴたりと足を止めた。サム。闇魔法・シンパサイズを使ってデュレと共の時間跳躍を密かに試みた。上手くいっている保証もないが、成功していたらどこかにサムがいるはずだ。サムも見つけなければならない。幾らサムが一人で何でも出来るからと言っても、放置プレイをする訳にもいくまいとデュレは思った。
「ちゃっきーがいたら、サムなんかすぐに見つけられそうなのに」
 こんな時、毒電波受信機たるちゃっきーがいたら重宝するだろうとデュレは本気で考えた。時間は少ないのに、しなければならないことは湧き出る泉の如くだった。
「呼ばれて飛び出て、ジャジャジャジャーン。今、呼んだ? 呼んだでしょ」
 背後から唐突に来た。飛び上がりそうになるのを必死にこらえてデュレは後ろを向いた。ちゃっきー。何をどう捻ってみてもちゃっきーに間違いない。殺しても死なないし、食せばチーズケーキの味がするとは聞いていたけれど、ここに現れるとはちらりとも考えてなかった。
「よ、呼んでません。あなたのことなんか、微塵も考えていないんですから」
 神出鬼没と言うことよりも、ちゃっきーがここにいる事への驚きが大きかった。
「ウソ〜! ぜってぇ考えたね。おいらに見抜けねぇウソはねぇ。デュレっちは絶対確実においらを心の奥底で召喚しようとしたじぇ? しかも、しかも、サムっち捜しに使おうとしただろうさ。おいらは人に使われるのがでぇっきれぇにゃのだ。風の吹くまま、気のままにしかおいらは動かねぇのだ。サムっちなんか知ったこっちゃないもんね」
 最後の最後まで聞いて、デュレはとうとう我慢しきれなくなった。こんな口上を延々と聞かされたのでは堪らない。ただでさえ、時間がないというのにこれ以上の無駄遣いは許されない。ついでに、現れたものは現れたんだから、利用してしまえばいいと結論した。
「静かにしなさい。それより、サムを見つけて欲しいんです」
「ほ〜ら、やっぱり。けれどぉ……、え〜っ!」不平不満がいっぱいの声を上げる。「男を追い求めても面白くないんだも〜ん。けどぉ――」
 ちゃっきーは短い腕を頭の後ろに回して不吉な笑みを浮かべた。
「け、けど。何ですか?」少しばかり怖じ気づいた。
「か〜い〜デュレっちのお願いだったら、場合によっちゃあ、きいてやらねぇこともねぇぜ。ふっふ〜」横目でニヤリ。「おいらと熱いキスをぶちゅっと……!」
「却下します!」デュレは瞬間も惑うことなく即答した。刹那、ちゃっきーの顔色が不満に染まるのをデュレが見逃すはずはない。デュレは服の内ポケットから闇護符を取り出した。「――イヤなら、キスの代わりに熱〜いダークフレイムをお見舞いしてあげましょうか?」
「ぐお? しゃ〜ねぇなぁ。今度だけよぉ、おいらの無償特別奉仕!」
 負けを認めたくなくて、ちゃっきーは強がった。デュレとしては負けん気の強いちゃっきーは扱いやすい。もちろん、それにはセレスを扱い慣れていることの利点を最大限に発揮してのことだ。
「では、サムのことは任せても大丈夫ですね。見つけたら……」
「おうよ。デュレっちのとこへ連れて行けばいいんだろ? なぁに心配はいらねぇさ。おいらには超高性能陰険女……」デュレは思わず、ちゃっきーをジロリと睨め付けていた。「もとい、クールな美女探知機をも搭載しておるのだ。ご安心召されい!」
 などとへらへらしながら言われてもいまいち信用できない。しかし、今はこんなへんてこりんなやつでもいないよりは百倍ましだった。神出鬼没で何故だかサムに懐いているようだから、他は信用できなくともサム発見に関してだけは信用できそうなきがした。
「あなたについていきます……」
「ほいじゃ、デュレっち。チミはおいらの後をひたすらついてくるのだ。サムっちのところまで導いてしんぜよう」可憐にウィンクなどして見せた。
 調子に乗ったちゃっきーを見て、デュレは思わず頭を抱えた。ここまで来ると、御し方を心得ている分だけセレスの相手をしてる方が気が楽だ。一方のちゃっきーはと言えば、セレスよりもずっと気まぐれだし、突然、何を始めるか判ったものではない危険極まりない存在だった。
 ちゃっきーはデュレがそんな思いを抱いてるとはつゆ知らず、意気揚々と先を行く。行き当たりばったりなのか、当てがあるのかまるで判らないが、自信満々の様子だ。
「毒電波受信装置、感度マックスに設定。例え瀕死であろうとも、絶対必ず見つけ出すのコトよ〜。 むっ! 微弱電波受信! こぉの特徴的な波形はぁ! まず、間違いねぇ! その発信源はぁ〜〜。おろ? 地下……てぇか、とっても浅い地中?」
 ちゃっきーはデュレの前にパタパタと浮かび上がり、何かを感知した方を短い腕で指した。けれど、デュレにはよく見えない。デュレは額に手をかざし、背伸びをしてみた。すると、何かはよく判らないがバタバタと揺れ動いていた。
「あ、あれは何?」デュレは得意げにしているちゃっきーに問う。
「ありゃぁ、サムっちの旦那の足だと思うねぇ。まぁ、行ってみようじぇぇえ」
 と、ちゃっきーがひょーんと行ってしまったので、デュレも仕方なくその方へ走った。もちろん、最大限の注意は払う。攻撃系の闇護符を一枚手にとって、突然の攻撃に備えた。
 けれど、近づいてみると、本当に人間の足だった。
「……。ホントにサムの足?」デュレは指を指しつつ、その上をパタパタするちゃっきーを見た。
「おう、間違がいねぇなぁ! おいらの記憶力をなめちゃあいけねぇな。このお靴の色、形状。全てにおいてサムっちのものに間違いねぇ!」ちゃっきーはえっへんのポーズ。
 それはそれとして、どうしてこんな事になったのだろう。デュレは普通に到着できたのだから、シンパサイズの特性を考えたらサムも何事もなく到着できるはずだったのだが。茶目っ気たっぷりクロニアスの仕業だろうか?
「……ひでぇ……」
 サムが瓦礫の下で必死でもがいていた。あの時、急に宙に浮かんだかと思ったら、そのあとはこの様だった。何故か判らないが、瓦礫に挟まれていて身動きがとれない。それで、手や足が届く範囲で石を蹴ったり何だりしてみるのだが、いっこうに埒が明かない。
「ちっきしょう! デュレめ、俺さまをこんな目に遭わせておいて覚えておけよっ!」
 と、喚いてみたところで状況が好転するはずもない。サムの予想では1292年のシメオンから1516年へのシメオンへ時間転移を無事に果たしたのなら、ここは無人地帯のはずだった。あれだけの嵐の後、邪気を孕んだ空気に包まれ、さらには地震に襲われ街は崩壊の憂き目にあった。その街が“生きている”とはとても考えにくい。
「……崩壊した瓦礫の底に埋もれてるんだとしたら……」
 流石のサムも落ち着いていられない。
 ジタバタ。もがけばもがくほど深みにはまっていくような気もしたし、みっともない。
「Hey you!! てめぇはこんなところに頭と胴体、突っ込んで何やってんだい? 新・頭隠して尻隠さず。実は実はこぉ〜んな廃墟で幽霊、亡霊相手にかくれんぼでも始めたのかにゃあ?」
「……?」何か、妙にイヤな予感がする。
「およよ? おいらのことが判らねぇのかぁ? 神出鬼没。幾多の時を股にかけ、時の果てから地獄の底まで、どこからだって馳せ参じるおいらのことを忘れたぁとは言わさねぇぜぇ?」
「てめ、もしかして、ちゃっきーか? てめぇは一体、幾つまで生きてりゃ気が済むんだ?」
 瓦礫の底から怒鳴ってみたところで迫力がない。あれもない、これもない。ついでに動けないのないないづくしで流石のサムも凹んでしまいそうだった。
「ちゃっきー、判んな〜い♪」ちゃっきーはおどけた様子ではぐらかした。
「あのな……。それより、ここから出してくれ!」
 今回ばかりはちゃっきーに付き合っていられない。本気で悲痛なのだ。
「よしっ! デュレっち。てめぇの出番だじぇ! 遠慮なく、破壊の限りを尽くすのじゃ」
 デュレはちゃっきーの襟首をむんずと掴まえると遙か後方に放り投げた。取りあえず、邪魔者を消滅させるとサムの救出に取りかかった。と言って、地上に姿を現している足を引っ張っても簡単に引き抜けそうにもない。デュレは闇護符の一枚を内ポケットから取り出して、サムの足の裏に貼り付けた。人一人なら、本式に呪文を唱えなくとも十分に転移させられるだろう。
「――キャリーアウトっ!」
「どわっ!」
 ドスンと言う鈍い音と同時にデュレの前にサムの全身が姿を現した。デュレは簡易版のフォワードスペルを使うことにより、サムを地中から救い出した。
「……もう少し、丁寧にできねぇのかよ、てめぇは! って、デュレか」
「助けてもらえただけでも有り難いと思ってください。……ところで、さっき、わたしに覚えておけとか何とか言っていたみたいですけど、あれはどういう意味ですか?」
 デュレは腕を組んでサムの前に仁王立ち、さらに有無を言わさぬ激しい視線でサムを突き刺した。
「い?」
 予想さえしていなかった事態に冷や汗がたらり。デュレの追及は久須那のそれと拮抗するくらいのレベルだ。武力的にはサムの方が分があるとはいえ、苦手なものはやっぱり苦手だ。
「俺、何か言ったかな? 記憶に何も残ってないんだけど……?」おっかなびっくり。
「……どこぞの政治家みたいな間抜けなことを言うんじゃありません!」
「ははっ! 通用するとは思っちゃいないさ。悪かったよ。俺をここに連れてきてくれた礼はする。ありがとうよ。てめぇのお陰でまた、久須那と話せる。――けどよ、気がつきゃ、瓦礫の下敷きだってんだ。悪態の一つや二つつきたくなるだろ? フツー?」
「否定はしませんよ。ただ、ケジメはつけていただかないと」
「ま、そこら辺については俺も否定はしないよ」
「ですが、久須那さんのことで礼を言うのは気が早すぎると思います。封印を解くか、壊すかどちらかをしなくてはなりませんし、それも成功する保証もありません」
「心配するな、こう言っちゃてめぇに悪いが、過大な期待はしてねぇよ……」
「――それでいいんです」デュレは落ち着いた冷静な口調だった。「あと、その成功率を少しでも上げるには闇の精霊と契約する他、道はありません」
「――あいつか」サムは答えた。「てめぇ、確かあいつにシルトってぇ名前つけてたよな。……あれだけの揺れと倒壊を喰らって、あのデリケートな精霊核が無事だと思うか。そして、精霊が生まれるまでに成長していると思うか?」
「例え、あなたの言う通りだったとしても、それに賭ける他ありません」
 デュレはキッとサムを睨み付けた。闇の精霊に名を付け、契りを結んでみろと勧めたのはそもそもサムなのだ。それなのにそんな否定的なことを言われたのではデュレも堪らない。
「それに闇の精霊・シェイドと契約してみろと言い出したのはあなたですよ?」
「へへ、そうだったな。二百二十四年か、無事でいるといいな」
「……そのことなんですけど。あなたは今日の日付が判るんですか?」
「――俺はてめぇの言葉を信じただけだ。もし、ここがてめぇの時代でねぇなら、判らん。そうだなぁ、手っ取り早く行けば、あれだ。ちゃっきーに訊いてみ。あれは1292年から連れてきたんじゃないだろ。だったら、知ってるはずだ」
「あの、ちゃっきーは捨ててしまったんですけど……」申し訳なさそうにデュレは言った。
「心配なんかいらねぇよ。どうせすぐ来る。あれはそういうやつだ」
「こらっ! デュレっち。パートナーたるこの俺さまをぶん投げるたぁいい度胸だ」
 視界の端からびゅーんと飛んできてデュレに苦情を言おうとした瞬間、サムがちゃっきーの胴体をギュッと絞り上げた。マシンガントークが炸裂したら長いからその先手を打ったのだ。
「……今日の日付は? ちゃっきー。答えねぇと頭から……焦がすか」
「ん〜?」訝しそうな顔をする。「サムっちもとうとうボケちまったか。その若さで前後不覚にワケが判らねぇとなると、介護する久須那っちが哀れで……」ちゃっきーはくさい芝居を打ってハラハラと涙を流した。サムも心得たもので、無言で絞り上げにかかった。「わー! 本気にしないでくださいまし! 今年はLeo 26, 1516でさぁ、旦那」
「だとよ。じゃ、あとは精霊核が壊れてないことを信じて祈るしかないな」
 日付を聞いてデュレはようやく安堵した。ここからが始まりなのは言うまでもないが、見当外れの時代に紛れ込んでしまったかもしれないという不安が払拭されただけでも随分と気持ちが違ってくる。切羽詰まってるには変わりはない。けど、それだけ判れば、あとは久須那の封印を解き、打倒マリスを考えるだけ。必要以上に考えるだけ無駄なような杞憂を抱え込まずにすむ。
「そう信じるしかありません。もし、精霊核が壊れていたり、シルトが存在していなかったら、今までわたしたちのしてきたことの全てが水の泡になってしまいます」
「それも随分と大げさな話だな」笑いながらサムは言う。「大丈夫、水の泡にはなりゃしねぇよ。てめぇにとっちゃあ、契約の相手としてシェイドがベストなのは言うまでもねぇことだが、精霊はシェイドだけじゃねぇんだ。ジーゼだって、ティムだっているんだぜ?」
 サムは親しげにデュレの肩に手を乗せようとしたけど、デュレは自然な身のこなしでかわす。
「ティムは却下します」即答。
「じゃ、ジーゼだな。けど、まずはその前に俺の家の地下室だ。ワイン用の貯蔵庫としてそれなりに頑健に出来てるからな。あそこが潰れてるってことはねぇと思うが……。精霊核がどうなってるかだけは実際に確認してみなけりゃ判らねぇな。――行くぜ、デュレ」
 サムはデュレを促して先に立って歩き出した。
「あの――、場所は判るんですか?」
「判るさ。見てくれは派手に変わっちまったといえ、ここは俺の街だからな」
 サムは青空の下に広がる灰色の瓦礫の山をひどく淋しげに見回した。

 ドタン! セレスは中空から地面に投げ出された。それから、ウィズや迷夢やリボンが中空から落ちてきて、さらにトドメを刺すかにようにセレスの後頭部を封印の絵の額縁が直撃した。
「……! ――」セレスは頭を両手で抱えてうずくまる。
 あまりの痛さと圧迫感のせいでセレスは暫くの間声も出せなかった。お互いにそうだったのだが、一番下になったセレスの被害は甚大だった。セレスは無言の訴えで、何とか三人をどかせてようやく一息つけた。
「あいったぁ……。もう、どうして、いっつもまともに出られないのかなぁ!」
 セレスは絵の下から這いずりだし、服に付いた土をパンパンと叩いて落とした。
「雑なのよ、雑! 何とかして欲しいわ、全く」
 目的地らしきところに着くなり、セレスはブチブチと悪態をつきだした。そして、ひとしきり文句を言うと改めて辺りを見回した。瓦礫の山と碧空があるだけでまるでどこだか見当もつかない。
「生きて着いたんだから、いいじゃない。って言うか、ここどこ?」
 迷夢はググ〜ッと大きく伸びをした。
「そりゃ、あたしの台詞だい!」セレスは腕を組んで膨らんだ。
「……大聖堂前の目抜き通りだろうな……」ウィズがぐるりを見渡して言った。
 四人の到着したところはかつて舗装されていた道のようだった。傷んではいたが、石畳や確かに馬車の通った轍があった。瓦礫の山は道の両脇に広がり四人の集まった場所にはない。ウィズの推察が正しいかどうかは横に置くとしても、ここが道なのには変わりない。
「で、これからどうする作戦なワケ? デュレを捜す? 絵を隠す? まさか、行き当たりばったりだとか言うつもりじゃないでしょうね? 迷夢!」
「それもいいかなぁ〜とは思ったんだけどねぇえ? やる時はやるのよ。キミと違って」
 迷夢は嫌味たっぷりにニヤリとして、格の違いを見せつけようとする。
「何だとぉ?」セレスはけんか腰で迷夢に迫った。
「――どうして、こいつらはこう、無駄なところにエネルギーを使うんだ?」
 リボンはため息交じりに頭を振って、大幅に戦意喪失、意気消沈したらしい。
「どこが無駄だっていうのよ。過度のストレスはこう言う時にでも発散しないと……ね?」
「……あら? あたしも今、同じコトを考えてた」
 セレスと迷夢は互いにキョトとした表情で顔を見合わせた。
「――磁石の同じ極……。時々、気が合う。電磁石みたいな連中だな」さらに肩を落として大きなため息をついた。「まぁ、いい。仲良きことは美しきことかな……」
 虚ろに言うに及んで、全くと言っていいほど説得力はなかった。
「で、肝心のマリスちゃんはどこにいるのかなぁ?」
「知らん」リボンは素っ気なく答えた。「だが、わざわざ捜さなくてもマリスからお出ましねがえるさ。あいつの目的は恐らく久須那なんだ。封印の絵がここに戻ってきた以上、すぐに現れるか……。でなければ、封印が解かれた後にでも現れる寸法なのだろうさ」
「――ところで、地下墓地大回廊跡地にマリスの何かは残ってないの?」
「何も感じられない。お前もそうだろ? 判ってたら、訊くはずがない」
「ま・ね。……そうか、マリスは逃げおおせたんだ。折角、頑張ったのにね、リボンちゃん。たったの二百二十四年だって。切ないねぇ……」
 迷夢ははらはらと涙を零していたけれど、わざとらしい。リボンは目を細めてじと〜っとしたすっかり湿気った眼差しを迷夢に向けていた。
「本心がスケスケだ。もっと、演技力を磨いた方がいいぞ」
「ありゃりゃ?」すっとぼけた様子を迷夢が見せると、リボンはやれやれと首を振った。
「未来を見透かす不死鳥の卵。それの巨大な魔力放射で封魔結界が弱まってしまったか、それとも、マリスの魔力と卵の魔力が異常共鳴して、結界が破壊されたのか――」
「どっちにしても、一度止まった歯車が再び動き出したのさ。そうだろ、シリア」
「そうだな、ウィズ」リボンはそっと瞳を閉じた。「さてと……」
「ちょっと待て、向こうから、誰かが走って来る」
 ウィズの視線の向いてる方から、確かに二人こちらに向かっていた。一人は褐色の肌と黒い髪、長い耳とみればダークエルフ。もう一人は人間の男のようだった。取りあえず、ダークエルフはこの界隈ではデュレくらいしか住んでいないはずだった。そしてまた、ここに現れそうなのもデュレしか考えられない。セレスは他の誰よりも速くその結論に達し、少し残念そうだ。デュレがいなければセレス自身の天下なのにと思えば、何だか哀しい。
「……! セレスっ! わたしは間に合いましたか……?」
 デュレは息を切らせて、セレスを問い質した。
「そうね。間に合っちゃったみたいよ」
「何ですか、それは? まるでわたしに帰ってきて欲しくなかったみたいですね」
「ううん」セレスはブンブンと首を振った。「そんなことはありませんのことよ」
「ウソつき。――でも、わたしはそんなあなたが大好きです♪ また、会えて良かった」
 デュレはセレスに飛びついて、ギュッと抱きしめた。
「い?」予想外の展開にセレスは面食らってデュレを受け止めたまま、目を白黒させた。あり得ない。気難し屋で、捻くれ几帳面のデュレがくっついてくるはずなんかない。セレスは行き所を失った手をデュレの肩の乗せて、引き離した。「あ、あの、さ? キミがそんな調子だとやりにくいのよね。もっと、こう、いつものように高飛車なデュレでいてくれる?」
「何ですって?」そして、クスリ。
「よーよー、てめぇらよぉ。今は抱き合ったり、再会を祝ったり、悠長にしてる場合じゃねぇんじゃねぇのか? デュレよ。さっきは時間に間に合ったとか、そうでねぇとか散々騒いでたじゃねぇか」
 フと、声をした方を向くとサムが頬杖をついてゴロンとした石の塊に座っていた。
「サム……! どうして、キミがここに?」
 セレスは口を金魚のようにパクパクさせながら、サムを指した。
「デュレに訊いてみろよ。俺に訊くより数倍早いし、より正確な答えが返ってくるぜ、きっと」
 サムは全くもって落ち着いた様子でデュレに話を振った。が、サムよりもずっとデュレの方が冷静だった。今はそんなことを呑気に説明している時ではない。デュレは無下にセレスの疑問を打ち砕いて、自分の言いたいことを言ってのけた。
「急ぎましょう、セレス。早く見つけないと手遅れになってしまいます」
「手遅れになるって……ってのは判るけど、何を見つけに……?」恐る恐る。
「忘れたとは言わせません。とにかく、行きます」
 デュレはセレスの右手首をガッと掴んだ。四の五の言わせてる時間も立ち止まって説明してる時間ももったいない。多少の猶予はあるにしても、この状況下では出来ることは可能な限り早く片付けておかないと落ち着いて次のことを考えることもままならない。デュレはそのままの勢いでセレスを引っ張った。けれど、セレスは動かず、わたわたした様子でデュレに尋ねた。
「え? 行くってどこへさ」
 仕方なく、デュレは説明した。ホントなら、捜しながらでも説明したい。
「決まってます。闇の精霊を捜しにです」デュレはあの時、シェラから受け取ったゼフィのアミュレットをセレスの眼前にかざした。「ドローイングを解くにしても破るにしても大きな魔力が必要です。――それを身をもって体験しましたから、今度は必ず成功させます。成功しない訳にはいかないんです。マリスが来たらお終いですから、それまでに何とかしないと」
 デュレはセレスの襟首に掴みかかりそうな勢いで捲し立てた。
「闇の精霊ってあれ? あの、サムんちの地下室に巣くってた」セレスはちらりとサムを見やる。
「そうです。……セレス、ここはみんなに任せて、わたしたちは行きますよ」
「あ〜待ってぇ」迷夢は腕を伸ばし二人を引き留めようと叫んだ。「あたしもその闇の精霊に会ってみたい。あたしも一緒に連れてって」
「お前はダメだ」リボンは迷夢のスカートの裾を噛んで引っ張った。
「なぁんでよ。いいじゃない別に」迷夢は微かに涙目になってリボンを見た。
 子供の姿になって、元々子供っぽかった性格にさらに磨きがかかってしまったらしい。
「お前はお前ですることがあるだろう」疲れたようにリボンは言う。
「後で、きちんとやるからさぁあ? いいでしょぉお?」拝み倒しにかかる。
 けれど、リボンは聞く耳持たずで、そのままズリズリと迷夢を引っ張って行ってしまった。何だか、可哀想な気がしないでもないとデュレとセレスは迷夢を見送った。
「ところで、デュレ。サムんちに行くのにサムの案内はなくて大丈夫なの?」
「大丈夫です。ここに来るまでの間に位置の見当はつけましたから」
「どうやって? ここは瓦礫の山。あっちは一応、綺麗な街並みだったじゃない? こんなにも様相が変わってるのにそれでもサムんちが判るの?」
 どこか心配そうに、どこか面白そうにセレスはデュレに尋ねた。
「心配する必要はありません。絶対に大丈夫」
 自信ありげにデュレは言う。根拠のない自信は自分の専売特許だと思っていたセレスとしては何かよく判らないけれど、微妙に面白くない。セレスはちょっぴり機嫌を損ねて、デュレを突っつく。
「まぁた、そんなこと言っちゃって。ホントは何も判らないんでしょ?」
 ジロリ。デュレは眉間に深いしわを刻んでセレスを睨んだ。
「きちんとサムと相談、打ち合わせはしてあります。あなたと違って抜かりはありません」
「あ〜。他意はないんだよ」狼狽える。「ただ、何となく、そ〜かな〜って……」
「本当は何も判ってないのはセレスでしょ」デュレは静かな声で遠慮なく核心を突く。
「――あい、そーでした。わるーござんしたね」拗ねた。
「もう! ごちゃごちゃ言ってないで行きますよ。あとはここを真っ直ぐ行くだけなんです。だから、もう、迷いようがないんです。もし迷ったら、セレス以下です」
「あの〜。幾らなんでもそれは酷すぎるんでない?」
「と言いますか、何であなたはシルトの場所を知らないんですかっ! 時間があれば探しておいてとあれほど言ったのに。人の言うことなんて全然きかないんだから……!」
「あたしにもそれなりに事情というものが……」
「却下です!」あっさりと一蹴した。「それよりも、早く」
 デュレはセレスの腕を抜けんばかりの勢いで引っ張った。セレスが悲鳴を上げるのも構わずに、デュレはぐいぐいと進む。みんなには遠慮がちになるデュレだけど、セレスに対しては全く遠慮をしないらしい。それどころか輝くばかりに活き活きとしている。デュレが元気なのはいいけれど、セレスにとっては甚だ迷惑な話だった。
「あの〜? も、ちょっと優しくしてくれないかなぁ。久々でこれはきついわぁ」
「ゴタゴタ言わない」
 ニッと微笑みながら、デュレはそのままの勢いでセレスを引っ張っていった。時間がないから。と言うのはむしろ口実に過ぎず、セレスたちと無事に再会を果たしたことが嬉しいのだ。それの照れ隠しと言う側面が大きかった。
 その二人はセレスの叫び声を背後に残して道の彼方に消えていった。
「――何か、微妙に雰囲気が変わったな、デュレ」ウィズ。
「そうでもないと思うな」迷夢。「デュレって捻くれてるから、あれで嬉しいだけなのよ。きっと、まともに帰ってこられないと思ってたんじゃないの? だから、みんなと会えて、……と・く・に、セレスと会えて、も〜感情が抑えきれないほどに高ぶっちゃってるんじゃないかとあたしは思うのよ。そのうち、元に戻ってるよ。冷めた視線がよく似合うクールガールにね?」
「そんなもんか?」ウィズはちんまいままの迷夢を見下ろす。
「そんなものよ。堅物なんだから。変わるならもっととんでもない切っ掛けがいるでしょうね」
 迷夢は何故だか、自信満々に発言をしていた。
「もしかしたら、シェイドとの契約やマリスとの決戦がそれになるかもしれないぞ」
 このメンバーにいないけど、聞き覚えのある声がした。
「あら、久須那。お久しぶり。色々大変だったけど、元気してたぁ?」
「まぁ、こうして姿を現せるぐらいにはな。お前は――相変わらず元気そうだな」
「ま、ね。こんな有様だけど。一応、生き残っちゃったみたいなのよね」
 久須那と聞いてサムの表情がパァッと明るくなった。のは良かったが、よくよく考えてみるとオリジナルの久須那はまだ封印されたままだったことに、大声を出してる最中に気がついた。
「久須那っ! ……の、シルエットスキルか」ちょっぴり残念そう。
「がっかりするな。もうすぐ、オリジナルと会える」
「ああ、きっと、もうすぐだ。だが、てめぇはそれでいいのか? 封印が解けたら、マリスの呪詛が進行するんじゃなかったか。解呪の方法は見付かったのか?」
 心配事は尽きることがない。
「大丈夫。ジーゼが申を捜してくれてる」
「申……? 申って誰だ?」さらには知らないことも尽きることがない。
「そっか、そうだな。サムはまだ会ったことがないんだ。いい子だよ、申は。魔法剣を使う遙か東方の退魔師。昔、共にジーゼを……エルフの森を守った。申とお前が居たからこそ……」
 サムは力説しようとする久須那を遮った。自分から聞いておいて何だが、それは後でゆっくり聞く時間がある。それよりももっと大事なことが他にもある。サムは真摯な眼差しで久須那を見詰め、両肩を押さえて真剣な様子で尋ね始めた。
「一度、訊こうと思っていたんだが、マリスを召喚したのは誰だ?」
 サムには予想はついていた。強大な魔力をもつ天使を召喚できる召喚士はざらには居ない。フツーの召喚士が召喚したら普通はエンジェルズ、頑張ってプリンシバティーズがいけるかいけないかくらい。マリスクラスの大物を召喚できるとなると、こちら側にも相当な力量が必要とされる。
 久須那は唇を結んで、瞬間、躊躇った。
「……レルシアさま」
「――やっぱり、あいつか。何だか、いつまで経ってもお転婆娘に振り回されてるって気分だな。……だが、レルシアなら何か解決策を用意してると思うんだがな。どうだい? 久須那」
「判らない。わたしに訊くより、リボンちゃんに訊いたらどうだ?」
 久須那はサムから視線を逸らし、リボンを見やった。
「さあな。……オレにはっきり言えるのは封印を解くのは今だと言うことだけだ。レルシアが亡くなる前までに何かを用意していたかどうかは判らないよ。レルシアはオレにこの絵を託し、テレネンセスの教会跡にメッセージを残し、久須那に選ばせろと言っていただけだ」
 その一言一言を噛みしめるように言うリボンの姿からは少しばかりの後悔が見て取れた。何故、自分はいわゆる逆召喚魔法を覚えておかなかったのか。召喚術、逆召喚術ともども禁呪として封じられる前に自分のものにしておけばいくらか事を楽に運べたのかもしれない。
「その選んだ連中ってのがデュレとセレスの凸凹コンビのワケか……」
「た、頼りなかったか?」不安げになって、久須那は尋ねた。
「うんにゃ。てめぇを何とかしたいと思う情熱にかけちゃあ、誰にも負けねぇだろうな。あいつら、掛け値なし、てめぇの魔力が欲しいからとか、私利私欲とか、そんな邪念はねぇぞ。純粋にこの長い長い物語に終止符を打ちたいと思ってるんじゃないか?」
「そぉ〜んなもんかしらねぇえ?」迷夢は頭の後ろで腕を組んでサムを顎の下から見上げた。「あたしの見立てじゃあ、ただの成り行き、もしくは知的好奇心の爆裂のどっちかだと思うけど。大穴で久須那のためって線もあるけど、あの子猫ちゃんたちに限ってはそんなことなさそだし」
「てめぇだって、久須那のためじゃなかったのか?」
「ううん」迷夢は首をフルフルと横に振った。「あたしはあたしのためだけよ。あたしの目的を果たすのにたまたま丁度よかったから、一緒にいただけ」
「あ?」あっけらかんと話す迷夢にサムはついつい訝しげな眼差しを向けた。
「ま、細かいことは気にするな。迷夢は昔からこういうやつなんだ。けど、同じ方向を向いている間は頼もしい味方でいてくれる――。……さて、新しい面子も加わったことだし、デュレたちが戻ってくるまでか、マリスが痺れを切らす前までに本格的な作戦会議といきますか。何としても、この戦いを最後の戦いにするだ。もう、“次”は必要ないっ!」
 悲壮感を漂わせ、それでも尚かつ微かに楽しげにリボンは言った。